立花隆の自分史倶楽部
2014年09月21日(日) 立花 隆

自分という人間を家族にちゃんと知ってもらおうと思うなら、自分史を書くのがいちばんいい

立花隆著『自分史の書き方』---第1章 自分史とは何か その(1)

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「立花隆の自分史倶楽部」では、立花隆氏の著書『自分史の書き方』を参考にして「自分史」を書いた方の投稿を募集しています。
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「これからの人生(セカンドステージ)のデザインになにより必要なのは、自分のこれまでの人生(ファーストステージ)をしっかりと見つめ直すことである。そのために最良の方法は、自分史を書くことである」。(『自分史の書き方』より)

熟年層や就活生を中心に昨今ひそかなブームとなりつつある「自分史」。自分の人生を知る最良の方法でもあるこの自分史の書き方のノウハウを、「知の巨人」立花隆氏が一冊の本にまとめたのが、その名もズバリの『自分史の書き方』(講談社刊)である。その一部をご紹介していきたい。

* * *

第1章 自分史とは何か(1)

長く文章を書き続ける最大のコツ

まずは、この授業がどのように展開されていったかについて、もう少し具体的に思い出し語りをしておく。

先に述べたように、この授業は、受講生全員に自分史を書いてもらうことが目的であるから、毎回一定量の自分史を書いてもらった。毎回、その日の授業が終わるときに、次はどのあたりのことを書いてもらいたいと指示した。授業は毎週木曜日だったから、その前々日までに書いたものを提出してもらった。

それから大変なのがわたしのほうだった。提出された全員の自分史を前日までに必死で読んだ。当日の授業ではその内容を講評しながら、いい自分史の書き方はどうあるべきかといったコメントを付けていった。受講生が43人いたから、その作品を全部読むというのはそう簡単ではなく、いつも徹夜になった。

受講生のバックグラウンドはさまざまで、文章を書きなれた人もいれば(新聞記者出身の人もいれば、学校の先生や裁判官をしてきた人もいた)、一方で人に読ませる文章を書くのははじめてという人も少なからずいた。

作品の講評は基本的に「書画カメラ」を駆使して(要するにビデオカメラで作品そのものを映したということ)、各人の生の原稿をそのまま教室のスクリーンに投写した上で行った。どこがよくて、どこがよくないか、具体的に指摘した上で、忌憚のないコメントを付けていった。

人に読ませる文章をこれまでまったく書いたことがない人がしばしばおちいる誤りは、文章をどこで区切ったらいいのかわからないので、とにかくいつまでもダラダラしまりがない文章を書いてしまうという失敗である。

その解決は意外と簡単で、とにかくいま書いている文章の途中でもいいから「。」を付けて、強引にその文章を終わりにしてしまうことである。次に、過去の文章は忘れて、前の文章が中途半端のままでもかまわないから、次の行の頭を一段下げて、なんでもいいから別の文章をはじめてしまうことである。頭を一字下げた形で新しい文章をはじめることを「段落を付ける」という。

文章というのは不思議なもので、段落さえ付いていれば、読む人の頭が自動的に切り替わって突然まったく新しい文章がそこからはじまってもそのことをなんの不思議もなく受け入れてくれる。これは日本語の世界の大昔からの約束事だから、誰も変と思わず、段落さえあれば、段落でどんなに続きが悪い文章になっても、みんなつきあってくれる。

文章を書きなれた人と、書きなれていない人の最大のちがいは、この段落の使い方にあるのではないだろうか。書きなれた人は、なんでもなく段落を使いこなして、長い文章をスラスラと書いていく。途中でつまったらまた新しい段落を立てて、新しい文章を書き起こすだけで、なんの苦もなく文章を書き続けることができる。文章が続かないことで悩む人は、例外なく文章を書きなれていない人である。文章なんてものは、しょっちゅう続かなくなるのが当たり前で、続かなくなったら新しい段落を立てて新しいことを書きはじめればいいんだと、頭の切り替えができる人がいい文章を書ける人である。

文章を書きなれた人は、こんなことをわざわざ教えなくても、そのとおりのことがスラスラできるが、書きなれていない人は、それができなくていつまでも四苦八苦する(悩む必要がないことを思い悩む)。

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