テレビのヨミカタ
2014年09月17日(水) 高堀 冬彦

偽善といわれても、矛盾があっても、『24時間テレビ』には放送するべき価値がある

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日本テレビ「24時間テレビ37 愛は地球を救う」公式HPより

8月末、37回目となる日本テレビの『24時間テレビ 愛は地球を救う』の放送が終わった。今回の寄附も例年通り10億円を超え、その総額は初回からの累計で350億円近くに達している。民間企業が催すチャリティーとしては珍しく、すっかり定着した。

一方で24時間テレビへの批判も恒例化した。「CMが入るのはおかしい」「チャリティーなのに、出演陣にギャラが出るのはおかしい」---。

完璧でなくても、社会に与える影響は大きい

24時間テレビへの声は批判ばかりが目立つが、声を上げない支持者もいると思うので、あえて違った意見を書きたい。批判内容は長年、根幹が同じだが、筆者も以前から同じ意見を持つ。まずは自分が15年前に書いたコラムを再掲させてもらいたい。

〈 22回目の『24時間テレビ』(日本テレビ)が終わった。古くから一部で"慈善番組か偽善番組か?"との冷ややかな声があるが、公平に見て、社会貢献度が高い番組だろう。とりわけ、このほどの放送は良かった。

22回の間、一時期バラエティー色が強まり、番組本来の目的が判然としなくなってしまったこともあった。だが、このほどの放送は"共生社会へ"という基本テーマが鮮やかに表れた。

他局のバラエティー番組で『24時――』がギャグの対象になるのを見かけるが、そう偉そうに言う彼らは社会のために何かしているのか? ボランティアを笑いの種にするのは悪趣味だ。

アラさがしは簡単だ。"ボランティアなら、ノーCMで放送すればいい"との声もある。だが、日テレは東証1部上場の民間企業。そんなことをすれば株主が黙っていない。たとえ日テレのやり方が完璧ではなくても、社会に与える好影響の方がはるかに大きい。

1年に1度だけでなく、もっと放送回数を増やしたっていい。極端な話、他局が類似番組を作ってもいいぐらいだ。21世紀はますます、人と人や人と自然が共生しなければならない時代になるのだから。 〉 (スポーツニッポン新聞1999年8月27日付)

日テレが24時間テレビを打ち切ってしまうのは簡単なことだろう。いくらでも代替番組が作れるに違いない。だが、仮に偽善であろうが、あったほうが良い番組なのではないか。24時間テレビは民放が示せるギリギリの良心である気がする。

24時間テレビが見習ったアメリカの慈善テレビ・マラソン「レイバー・デイ・テレソン」は、筋ジストロフィー協会が主体となっているイベントであり、民放の日テレが催す24時間テレビとは形態が異なる。フランスでもテレソンが行われているが、制作しているのは国営放送のFrance2だ。

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