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「芸能界と暴力団」第1部 本当のことを書いたら、事務所をクビになりました なべおさみ×森功「私が出会ったヤクザたち」

ヤクザは芸能界をシノギの場にしてきた。美空ひばり、鶴田浩二をはじめ、大物芸能人のバックにはヤクザがいるのが当然だった。蜜月は、時代が移り、法律が厳しくなっても、形を変えて続いている。

芸能とヤクザは表裏一体

森 8月28日、覚醒剤で逮捕された歌手のASKA被告の初公判が開かれ、被告は起訴内容を認めました。ASKAにクスリを売っていたのは、住吉会系の暴力団員でした。

なべ クスリを必要とするような人間が、芸能界には少なからずいます。そこで、ヤクザが目をつけるわけです。芸能人には高く売れますからね。

森 三代目の田岡一雄組長以降、山口組はシノギとして覚醒剤を取り扱うことを禁止していますが、実際は末端のヤクザがカネのために手を出している。しかも、ASKAはクスリを買って、挙げ句、ヤクザに脅されていました。

なべ 芸能人の中にはヤクザからクスリを買ったり、トラブルの際の解決役として利用する人もいますが、そういう芸能人は愚劣ですよ。僕はこれまで多くのヤクザと出会ってきました。でも、ヤクザの友人がいることを笠に着たり、利用したことなんて一度もない。人として好きだから付き合うだけ。

森 最近は、「半グレ」とよばれる新たな勢力と、芸能界のつながりも出て来ています。これは実態の把握が難しい。半グレの定義そのものが固まったものではありませんから。

ただ、半グレとはいえ、一部はヤクザに片足を突っ込んでいる。組織はヤクザをバックにしています。半グレの収益源はAVの制作や風俗店の経営、芸能プロを興す者もいると聞きます。その収益がヤクザに流れている。新しいシノギになっているんですね。

なべ ヤクザにとって、半グレはカネになるのでしょうね。最近のヤクザは昔と違って、腕や度胸だけでは渡世ができず、カネ儲けが肝心みたいですから。

半グレが増えると、極道の世界が分かりにくくなるし、芸能人や堅気とのトラブルも増えていくでしょう。

森 '92年には暴対法が、さらに2011年までには全国で暴排条例が施行された。ヤクザへの締め付けは厳しくなる一方です。その反動で、半グレなどの問題も生まれ、芸能界とヤクザの関係も変わってきたと言えます。

なべさんはそんな状況のなか、『やくざと芸能と』(イースト・プレス)で、芸能界とヤクザの密接な関係をお書きになった。勇気が必要だったのではないですか。

なべ いえ、僕は芸能界に入る以前から、ヤクザと芸能の関わりについて関心があり、いつかそれを本にまとめたいと思っていたんです。

安藤組の大幹部だった花形敬さんの勧めもあって、僕は明治大学に進んだのですが、専攻は文学部の演劇科。そのころから芸能の歴史を研究してきました。

森 花形敬といえば、安藤組組長の安藤昇に最も信頼された人物ですね。

なべ はい。当時の不良少年たちの憧れの的でした。僕が若いころやんちゃをして、渋谷で喧嘩をしていきがってたときに救ってくれたのが、花形さんだったんです。

学校ではキレイ事しか教えてくれませんが、自分で調べれば、江戸時代からヤクザと芸能が切っても切れない関係だったことが分かる。かつて両者の世界は表裏一体だったのですから。その後も芸能界とヤクザは共存共栄の関係を築き、それは長く続きました。

森 僕の認識はちょっと違います。確かに成り立ちのころのヤクザは、芸能人や堅気たちとの共存を図ろうとしていたのかも知れません。しかし、やがてヤクザ組織は収益を上げるためのシステムと化してしまい、堅気との共存は二の次になっていった。そして、社会からの批判を浴びるだけの存在になった。

よくヤクザは必要悪だと言われますが、僕はそんな肯定的には見られない。必要な悪ではなく、社会に生まれざるをえなかった悪、つまり「必然悪」だと思っています。

なべ ヤクザ組織において、収益を上げるためのシステムが優先され始めたのは、高度経済成長期以降のことでしょう。

僕が芸能界入りしたのは昭和30年代前半ですが、当時は僕たち芸能人や堅気を食い物にするようなヤクザに、大物はいませんでした。芸能人を脅すようなヤクザは、たいしたことがない小物だった。ヤクザは堅気の人がいてこそ生活できる生業だと、大物は分かっていました。

森 ヤクザから無理な頼み事をされたことはなかったんですか?

なべ ありません。そもそも「上」で、つまりヤクザの幹部と芸能プロダクションの上層部で話が付いていました。

たとえば、僕が渡辺プロダクションに所属していた1960年代の場合、大阪では山口組系の南道会などが興行を手掛けていて、東京まで「荷」を買いに来ていました。荷とは興行用語で芸能人のこと。キャバレーなどのショーのステージに立つ歌手やタレントの出演交渉を、組織の人たちがやっていたのです。僕が知る一人は、こめかみから顎にかけて大きな刀傷があったので、「チャックさん」と呼ばれていました。

森 ヤクザが興行を手掛けたのは、山口組に限ったことではありませんよね。

なべ ええ。東京の住吉会などにも興行の専門家がいて、そういった人たちは、あらゆる歌手の情報が頭の中に入っていました。昔は芸能プロダクションの幹部や担当マネージャーと昵懇のヤクザが何人もいたんです。

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