会計スキルがなければ、モラル勘定もできない
『現代ビジネスブレイブ グローバルマガジン』---「ニューヨークタイムズ・セレクション」より
100ドル札に描かれているベンジャミン・フランクリン---〔PHOTO〕gettyimages

会計に明るかったイタリア・ルネサンス期

時に私たちの生活は、金融危機や改革の失敗に大きく支配されているように思える。しかし、いったいどれだけのアメリカ人が、金融のことを理解しているのだろうか? 基本的な会計処理ができる人はわずかだし、バランスシート(貸借対照表)が分かっている人はもっと少ない。金融のアカウンタビリティ(説明責任)について、真剣な議論ができるようになりたいなら、まずはいくつかの基本を学ぶ必要がある。

ドイツの経済思想家であるマックス・ウェーバーは、資本主義を機能させるためには、平均的な国民が複式簿記の記帳法を知らなければならないと考えていた。それは単に、複式簿記によって貸方と借方の差引を勘定し、利益と資産が計算できるからという理由だけではなく、健全な帳簿はモラルの観点からも「均衡がとれている」からだ。それは正に、「アカウンティング(会計)」という言葉が語源の、「アカウンタビリティ(説明責任)」の大元となるものなのだ。

ルネッサンス時代のイタリアでは、商人と土地の所有者はビジネスだけではなく、神、自分が住む都市や国、そして家族間におけるモラルの勘定にも会計の手法を使っていた。著名なイタリアの商人である、フランチェスコ・ダティーニの元帳には「神と利益の名において」と書き記してある。そしてダティーニのような商人たちは(後世には、ベンジャミン・フランクリンも)、収入と支出の集計と同じように、罪と善行を集計したモラル会計帳も付けていた。

イタリア・ルネッサンス期に関することのなかで、あまり魅力的ではないため、忘れられてしまったもののひとつは、当時の市民が会計スキルに長けていたことが、社会的に大きな役割を果たしていたという事実だ。1400年代をとおし、フィレンツェでは当時12万人程度いた住民のうち、およそ4000人から5000人が会計学校に通い、下層階級の労働者ですら帳簿をつけていたという記録が多く残されている。

これは、コジモ・デ・メディチ(※1)をはじめとするイタリア人が、ヨーロッパの銀行を牛耳るようになった社会だ。ここでは、土地所有者や専門職に就いているすべての人が、基本的な会計処理を実践していたとされる。コジモ・デ・メディチ自身も、毎年、自分の銀行の全支店の帳簿を自ら監査するだけでなく、自宅の家計簿も付けていた。

農民から薬剤師、商人、そしてニッコロ・マキャヴェッリ(※2)でさえも複式簿記の心得がある社会では、それはごく当たり前のことだった。政府がある程度の透明性を求めたフィレンツェ共和国では、公職においても有用なことだった。

(※1)イタリア、フィレンツェの支配者。市民ながら巨富によって専制君主となる。
(※2)『君主論』の著者。ルネサンス期の政治思想家。フィレンツェ共和国の外交官。

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