寺尾紗穂 原発で働くということ
連載第1回 30年間の空白

寺尾 紗穂

原発の安全説明には、中央制御室の外、原発内部で働く人間についての説明はほとんど出てこない。あたかもすべて機械で原発が動いているかのようだ。しかし、本当にそうだろうか。すくなくとも80年代までの一連の著作が教えてくれる労働実態は、こうした推進派の宣伝内容とはかけ離れたひどいものだ。

それなら、今だっておそらくそうなんだろう――私たちはそう思いこんで原発批判をつづけることもできる。けれど、そうやって90年代やゼロ年代の原発の実態を曖昧に捉えることは、80年代の一連の原発批判本が出版されて以降も、この社会が無知でいつづけた、30年間という時代の変化をも適当に捉えることにならないか。

3・11以前30年間の原発。そこには80年代以前にはなかった別の問題が発生しているかもしれない。

平時の原発労働を知る

私はここまで考えて樋口さんの著書の丁寧な仕事を思い出す。口の重い原発作業員達のもとを訪れ、最初は断られながらも何度も足を運び、話を聞き、ようやく写真を撮らせてもらう、その濃密な関係性が『闇に消される原発被曝者』という本には織り込まれている。苦しい内容の本ではあるが、人の胸を打つ、著者の誠意が滲む作品だ。同時に、何人もの労働者たちの語りに耳を傾けることで、彼らが生きた時代や彼らの半生についても触れた作品になっている。

樋口さんが生身の労働者たちから丁寧にすくいあげた事実をそのまま、2014年にものを書く私が、原発や原発労働者の「現状」として転用していいわけがない。だから私は、樋口さんの後を継いで原発労働者の話を聞き、伝えたい。

あぶりだされてくるのは、やっぱり旧態依然とした原発労働の実態かもしれない。それでもそれは一つの、より正確な情報となる。目の前のおじさんが経験したこと、感じたこと、それに向きあってみたい。そうしてひとつひとつ積み上げられた事実を前にして初めて、原発労働は時代を通して語ることができるのではないか。私はそこから原発を考えたい。

日本に地震があるから、津波があるから、ではない。安全基準が信用できないから、放射能が漏れると怖いから、でもない。今から私がスポットをあてるのは、チェルノブイリや福島のような大事故となった非常時の原発ではなく、平時の原発で働き、日常的な定期検査やトラブル処理をこなしていく人々だ。

彼らの視点に立つことで、社会にとっての原発、ではなく、労働現場としての原発、労働者にとっての原発、といった角度から、原発をとらえなおしたい。樋口健二さんがいち早く取り組んだ重要な仕事を微力ながら引き継げないか、そんな思いからこの連載は出発している。

樋口さんの著書を読んだ日から漠然とそう思いつつ、動き出さずにいた私の背中を3・11が押した。(つづく)

寺尾紗穂(てらお・さほ)
1981年東京都生まれ。ピアノ弾き語り。2007年『御身onmi』でミディよりメジャーデビュー、大貫妙子、坂本龍一、星野源らから賛辞を得る。大林宣彦監督作品「転校生 さよならあなた」の主題歌を担当。2014年11月公開の安藤桃子監督作品「0.5mm」(安藤サクラ主演)の主題歌に「残照」を提供、CM音楽やナレーション、エッセイ、書評などの分野でも活動する。現在7thアルバム「楕円の夢」制作中。9月以降は熊本、福岡、茨城、鳥取、名古屋など各地でライブ予定、東京は12月14日永福町ソノリウムにてワンマンライブが決定している。著書に『評伝 川島芳子』(文春新書)『愛し、日々』(天然文庫)がある。