先進都市・松本市の挑戦
医療・企業・研究機関が一体となった「ヘルスバレー」[健康長寿]

介護保険や地域医療体制を見直す「地域医療・介護確保法」の成立で、自治体は高齢者が可能な限り住み慣れた地域で生活できる「地域包括ケアシステム」の構築に向けての動きを加速させている。医療・介護の連携、介護予防、生活支援サービスの充実など自治体が抱えるテーマは多岐にわたる。「『健康寿命延伸都市』の創造」を掲げ、すでに実績をあげている長野県松本市の取り組みを紹介する。

松本市は国宝・松本城を中心とする旧城下町で、戦災を免れたことから、旧開智学校(重要文化財)などの歴史的建造物が多く残る。人口は24万2373人(8月1日現在、男11万8645人、女12万3728人)で、長野市に次いで県内2番目の人口を抱える。「湧き水のまち」としても知られ、市内には水めぐりの井戸なども整備されている。目に付くのは水めぐりを中心に市内の見どころを紹介したウオーキングマップだ。「健康寿命延伸」を掲げる同市は、観光客だけではなく市民を含めてウオーキングを推奨している。

「健康寿命」とは「平均寿命」から「要介護等の期間」を除いた期間のこと。松本市は10年前から、健康寿命を延ばすことを超高齢社会におけるまちづくりの基本コンセプトとして、6年前に「『健康寿命延伸都市』の創造」という構想を発表、さまざまな取り組みを進めてきた。市が発行している「『健康寿命延伸都市・松本』の創造をめざして」によると、2005年の調査時点で同市の健康寿命は男性77・1歳、女性79・9歳だったのが、年々延び続け、09年には男性77・3歳、女性80・4歳と一定の成果を上げている。

今年5月に民間研究機関「日本創成会議」が公表した「成長を続ける21世紀のために ストップ少子化・地方元気戦略」は、40に20~39歳の女性人口が10年の5割以下となるのは896自治体に上ると推定。こうした地域は流出人口が出生数を上回って人が減り続け、医療・介護保険の維持が難しくなって将来消滅する可能性があると指摘している。

この推計で20~39歳の女性人口の減少率では、松本市は29・9%。長野市の43・0%、上田市の46・1%、飯田市の43・9%に比べて低い数字となっている。また、総人口の減少率も松本市15・2%に対し、長野市24・1%、上田市28・0%、飯田市29・2%となっている。菅谷昭市長は「10年前から進めてきた『健康寿命延伸政策』の効果について、評価をいただいた結果とみている」と話している。

同市が進める政策の中で、最大の特徴は健康産業の集積と振興を図る「松本ヘルスバレー」と称する地域社会の実現を掲げている点だ。企業をはじめ、医療、介護、金融機関、学術機関など96団体で組織する「松本地域健康産業推進協議会」が、市民の健康づくりのための具体策を協議するプラットフォームとして機能している。協議会に対して、高齢者に運動習慣を身に付けてもらうために設立した「熟年体育大学」のOB2300人が中核となる「松本ヘルス・ラボ」が自らの経験などから得た事業提案を提出する。相互に協議を繰り返したうえで事業化を進め、実現した事業についてはヘルス・ラボのメンバーがモニターとして事業をサポートし、改善などを加えていくというシステムだ。菅谷市長は「市民参加による新商品の開発や事業展開によって、市民の健康への意識醸成が図られた」と語る。

昨年11月に松本市開催された「第3回世界健康首都会議」

松本信用金庫が発売した「健康寿命延伸 特別金利定期預金」はその事業の成果のひとつだ。(1)年度ごとに通算3回の健康診断を受診すれば地域の温水プール利用券を発行(2)3年連続受診した場合にディズニーリゾート利用券などの懸賞を用意――などの特典が設けられている。信用金庫の営業活動を通じて、預金者へ健康診断の受診を啓発できるほか、公共施設の利用促進などが図られている。

コンビニで「まちかど健康相談」

また、コンビニエンスストアのローソンと連携し、店舗の駐車場で松本市の保健師などによる「まちかど健康相談」を実施している。保健師らが買い物客にアプローチできることから行政だけでは情報を伝えにくい世代にも受診の勧誘が可能になったほか、店側にとっても集客が増え、民間企業との連携効果が確認されているという。

さらに地元の農機具メーカーが電動アシスト付き四輪自転車「けんきゃくん」を開発した。二輪自転車よりも安定し、高齢者が楽しく外出できる乗り物として注目を集めている。菅谷市長は「歩く場合よりも消費カロリーは高いことが地元の大学で実証されており、今後、事業として確立されることも期待している」と話している。昨年11月には松本市で「第3回世界健康首都会議」が開催された=写真。松本市の健康寿命を延ばす取り組みは世界からも注目を集めている。

菅谷市長は信州大医学部卒。5年間、チェルノブイリ原発事故後の医療支援にあたるなど内分泌外科の専門医だ。厚生労働省は「地域包括ケアシステム」の構築にあたって、医療・介護の連携強化や、地域ごとのケア会議の創設などを求めているが、同市ではすでに6年前から整備が進められていた。市内35地区に町内会長や民生委員、医療者、介護事業者が参加した「地域づくりセンター」を開設。市長自らが医療の専門家ということもあり、医師会、歯科医師会、薬剤師会との積極的な協力のうえで在宅医療、往診体制の推進などを進めている。

菅谷市長は「私が医療者であったことから、医師会などと良好な関係を築けたが、それでも健康寿命延伸を目標に掲げてから、今にいたるまで10年かかった。超少子高齢型人口減少社会においては、基礎自治体が取り組むべき課題は、市民がいきいきと生き抜けるまちを作ること。そして実現のためには、地道な話し合いの積み重ねが大事だ」と話している。

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