スポーツ

[虎四ミーティング~限界への挑戦記~]
鈴木明子(プロフィギュアスケーター)<前編>「悔いなき22年間の競技生活」

2014年09月12日(金) スポーツコミュニケーションズ

“予想外”のプラス6年

二宮: 今回は8月27日発売開始の新商品『鉄火丼』を食べながらのお話です。鈴木さんは昨シーズン限りで一旦、スケートシューズを脱ぎました。22年間を振り返ってみていかがですか?
鈴木: まさかこんなにやれるとは思っていなかったですね。長かった、というよりは、そのつど、一生懸命やってきたなという感じです。それが結果的に22年という月日になっただけ。もちろん続けるには、自分だけでなく、周りのサポートも必要です。そういったものがすべて合わさっての22年だったなと思います。実は、22歳でやめるつもりだったんです。以前は一般的にフィギュアスケートの選手は、大学卒業と同時にやめる人が多かった。だから私もそうなるだろうと思っていたので、まさか、そこからプラス6年も続けられるとは、全くの予想外でしたね。

二宮: 2010年バンクーバー、そして今年2月のソチと、鈴木さんは五輪という大舞台に2度立ちました。結果はいずれも8位入賞でした。
鈴木: 五輪を意識し始めた頃、私が目指すのは1996年のトリノ五輪だと思っていました。当時はまさかバンクーバー五輪まで続けているとは思ってもみませんでした。バンクーバー五輪に出場した時は、最初で最後の五輪だと。さらに4年が経過しても、スケートを辞めず、ここまで来るとは本当に誰も思っていなかったと思います。

二宮: 今、振り返ってみて、達成感はありますか?
鈴木: そうですね。悔いはないというか、やりきりました。以前はいい成績を残せなかったら、私は満足しないのかなと思っていました。でも最後のシーズンを戦ってみて、“自分はこれでいいな”と思えたんです。それは点数とか順位ではなく、選手としてやるべきことを、自分の中ではやり切ったと思えたから。これ以上は私のキャパを越えるだろうと(笑)。

二宮: 悔いを残すのではなく、やりきったと納得しての引退はアスリートとして最高の終わり方ですよね。
鈴木: そうですね。だから新たな生活がスタートした今、“選手時代に戻りたい”という思いはなく、“今を楽しく精一杯やっていこう”と。ただ、22年間、同じことをして過ごしてきたので、わからないことだらけですが(笑)。

二宮: アハハ。まさに浦島太郎状態ですか?
鈴木: 突然、外の世界に出たような感じです。こんなにたくさんの方とお会いしたり、お話したりする機会は今までなかったですからね。これまでは狭い世界にいたので、今はすごく新鮮な日々を過ごしています。こうした経験が今後、スケートに生きてくるものもあるだろうなと思うんです。スケートをやってきた今までの経験のひとつひとつも、ムダなことはなかった。だから今のいろいろな仕事も、時には失敗もあるかもしれませんが、自分の可能性を広げられるチャンスだと思っています。

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