これはネッシー(Photo by iStock)

世界を騒がせた、謎の未確認動物「ニューネッシー」の正体

沼口麻子「サメに恋して」第8回

未確認動物「ニューネッシー」の謎

この世のものとは思えないほどにドロドロに溶けたその異様な遺体は、写真で見ただけでもとてつもない異臭を放っていることがわかる。

この生物の全長は10mほどだろうか。空高く釣り下げられたそれは、頭部が異常に小さく見え、長くのびた脊椎骨と、まるで肋骨のような繊維状のものが見てとれた。

「瑞洋丸に収容された未確認動物について(日仏海洋学会 1987年)」より

水深約300mの深海から引き上げられた巨大生物。これを収容したのは、ニュージーランド沖で操業していた日本のトロール漁船瑞洋(ずいよう)丸(2455t)。1977年(昭和52年)のことだった。

その当時の船長は、撮影後、他の漁獲物に悪い影響があるとして海洋投棄してしまったため、この生物が何かを断定するためのヒントは、この写真と持ち帰った繊維状の物質だけ。つまり、専門家が生物種を査定することが非常に困難な状況であり、更に謎が深まったのだった。

未確認動物「ニューネッシー」という名前を聴いたことがあるだろうか。

私は小学生の頃、未確認動物全集のような本が愛読書だった。そこに掲載されていた、まさに絶滅してしまった首長竜を彷彿とさせるドロドロの遺体の写真。破れるほどまでに見たそのページには「ニューネッシー」の文字。

日本のトロール漁船が収容したこの謎の遺体こそが、その後「ニューネッシー」と名付けられ、この年の7月20日付けの朝刊社会面トップにスクープされた。「世紀の大発見(朝日)」や「ニューネッシー、世界を走る(サンケイ)」などセンセーショナルなタイトルで報道された。また、日本だけでなく世界中でも大論争を引き起こした。

「瑞洋丸に収容された未確認動物について(日仏海洋学会 1978年)」より

さて、この生物は一体全体何だったのか。

当時、多くの視聴者や読者が混乱し、メディアへの多数の問い合わせが発生。そこで、一日でも早くこうした混乱を避けるため、生物化学、魚類分類・化石、古生物、比較解剖、血清、海獣、その他多岐にわたる分野で研究者を招集し、議論を交わした。

しかし、前述したとおり、決定的な証拠はもう手に入らない。よって、苦肉の策として、各専門家の見解をまとめた「瑞洋丸に収容された未確認動物について(日仏海洋学会 1978年)」と題された報告書に、以下の一文を入れて、この騒動の幕引きとしたようだ。

「読者自らが、未確認動物(未同定動物)の自分なりの判断をして貰うことにし、以後この未同定動物については、個々まちまちの発言はしないようにしたらどうか」

首長竜か、それともサメか

この騒動の実態を解明していきたい。

当時、ニューネッシー騒動がおこる3日も前に、なんとこの未確認動物の正体がサメであると提言していた人がいた。

東京でただひとり、フカヒレの加工業を営んでいた川田晃一さんだ。川田さんはフカヒレ屋三代目であり、サメを2万尾以上扱っている築地界隈では名の知れたフカヒレのエキスパート。川田さんは当時のニューネッシー騒動について振り返る。

「報道される数日前に、魚類学者である阿部宗明先生が築地市場に未確認動物の繊維を3〜4本持ってきて見せてくれた。また、その身が赤味がかかっていたということも教えてくれた。

早速、その繊維を確認したところ、それは明らかに鮮度の悪い相当大きなサメのヒレだとわかった。そして、写真がなかったので想像で答えたが、たんなる赤身を帯びた肉質ということであれば、アカシュモクザメかなと思ったんだな。」

アカシュモクザメはその名前の由来でもあるとおり、肉質が赤みがかっているという特徴がある。

その3日後に川田さんは、新聞にスクープされたニューネッシーの写真を目の当たりにする。

「つるつるした脂身のように見えるのは、ウロコ(※)がとれた状態のサメの皮膚の特徴ですな。ウバザメのみたいですなぁ。」

家業のフカヒレ屋を継いでいる川田さんのご家族も、この意見には全員一致で賛同したという。また、ニューネッシーがサメだということについて疑問を持っている女性記者が取材に訪れた際には、その日扱っていたサメの頭を使い、川田さんは自ら包丁で頭蓋骨、顎、エラ部分を外してみせて、サメの頭部の構造を説明したこともあるという。サメは骨格の構造上、腐敗すると頭蓋骨と顎部分が離れやすいのだ。

つまり、この写真から判断するに、ウバザメの特徴である大きな顎とエラ部分の欠如が、小さな頭蓋骨と細長い首のように見え、まるで首長竜を思わせる身体に見えたのだ。

新生・ブルーバックス誕生!