篠崎史紀 第1回 「モーツアルトは宇宙人的な天才。ベートーヴェンはすべてが計算ずく」
島地 勝彦

シマジ いまではNHK交響楽団のコンサートマスターという地位を獲得して、日本のクラシック界の第一線で長いこと活躍されています。もうマロさんには欲しいものはないでしょう?

篠崎 もともとぼくは欲がないんです。ちょうどぼくが生活していたころのヨーロッパでは政治や権力が一晩のうちにひっくり返ってしまうことがあり、それを目のあたりにしていたので、欲を出していろんなものを手に入れても仕方がないんだなというふうに感じてしまうんです。人生は自然体がいちばんです。

シマジ わたしは何度となくコンサートでマロさんを拝見していますが、この間亡くなられたロリン・マゼールが指揮をしたベートーヴェンの1番から9番までの交響曲の演奏のときは、マロさんもほかの演奏家も全員、凄く気が入って乗りに乗っていましたよね。

篠崎 マゼールとはウィーン時代からの知り合いなんです。厳格で怖そうにみえるけど、ユーモアのあるじつに面白い男でした。孤児やハンディキャップのある人など社会的弱者へのボランティアも熱心にやっていました。

なんと彼はウィーンでシェフをやっていたんですよ。国立歌劇場のシェフとして働いているときに知り合ったのが最初かな。はじめて共演したのは18年前だったと思います。マゼールの凄いところは、ベートーヴェンの曲を書き換えてしまうことです。昔と現代とでは楽器の音色がちがうだろうし、ベートーヴェンが生きていたらきっとこうするだろうと想定して書き換える。とても不思議な才能を持った指揮者でしたね。

シマジ わたしが聴いたのは彼が80歳のときでしたが、あの元気のよさはまさに“化け物”でしたね。

篠崎 東京で彼と食事をしたときに「元気の秘訣はなんですか?」と訊いたら「いつも若い彼女を連れて歩くことだよ」といっていました。でもぼくが最後に会ったのはやはり彼が80歳のときでしたが、そのときは「長時間立っていると脚が痺れてくる」といっていました。

彼が亡くなったのはとても残念ですが、とはいえ84歳で亡くなられる少し前まで現役でしたし、平均寿命を十分に超えているので、こればかりは仕方がないことかなという気もします。

シマジ 三枝成彰さんに聞いた話ですが、ロゼン・マゼールは91歳まで指揮の予約が入っていたそうですね。

篠崎 やっぱりマゼールはある種の“怪物”でしたね。