官々愕々 原子力ムラの最終兵器
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今週も原発の話だが、ご容赦いただきたい。原子力ムラの最終兵器が登場したので、どうしても書かざるを得ないのだ。

先だって新聞に、「電力自由化後も原発支援」「原発の電気価格保証 自由化に備え・・・・・・」などという見出しが躍った。一言で言えば、電力自由化が進むと、原子力発電による電力がそのコストに見合った価格で売れる保証がなくなるので、赤字になる場合はその分だけ電力需要家に電気料金として上乗せして請求することを認めようという話だ。

実は、これと類似の制度が、今年から英国で導入される。英国は地震がほとんどないこともあり、福島事故後も突出した原発推進路線を採る珍しい国である。しかし、他の欧州諸国同様、安全基準厳格化によって原発のコストが高くなり、民間事業としては成り立たなくなった。そのため、政府が特別の助成措置を認めたのである。もちろん他の欧州先進国にこんな馬鹿げた制度はない。

この話は原子力ムラの住人にとって、痛し痒しだった。「英国がやっているのだから日本も原発に補助金を出そう」と言えそうだが、一方で、原発が火力や水力などに比べて高いということを認めることになる。「原発は安い!」と叫んできた原子力ムラとしては、原発は高いと認めた途端に、「だったら、原発は止めろ!」と言われてしまうのが怖かった。

では、何故、今は堂々とこの話を出せるのか。

それは、4月に閣議決定された「エネルギー基本計画」で、原発は「重要なベースロード電源」であると宣言され、原発の存続が国の正式な方針として確定したからだ。原子力ムラは、閣議決定後すぐに、「原発は重要なんだから維持が必要ですよね。でも、原発は事故の補償、廃炉、核のゴミ、いろんなコストがかさんで民間では維持できないんですよ。だから、税金か電気料金によるサポートが必要ですよね」と言い出した。

そして、ここへきて、この話が正式に経産省の審議会で検討の俎上に載ったのだ。

これは、実は、大変な意味を持つ。何故なら、「原発はどんなに高くても維持する」という宣言になるからだ。そうなると、原子力ムラはあらゆるコストを、「実はこんなにかかるんです」と言って申告し、それを全て税金と電気料金につけ回しすることができる。

その動きはあらゆる分野でいっせいに表に出てきている。廃炉コストのつけ回しについて、有識者会議を設置する。事故が起きた時の電力会社の損害賠償の負担を軽くしたり、免責にしてあとは税金につけ回しするための有識者会議も設置する。原子力損害賠償支援機構を改組して、廃炉に税金を投入して支援する制度も始まった。福島の事故による汚染土中間貯蔵施設の建設に関連して3000億円の地元支援も決まったが、本来は東電が負担すべきものを国が負担する。

原発は何から何まで、事故を起こしてもコストは全て税金と電気料金で面倒を見るという話だ。

賢明な読者は、「そもそも『原発は安い』から、エネルギー基本計画で重要だと言っていたはずだ!」「今さら『高い』とは、全く話が違う!」と言うだろう。しかし、原子力ムラはこうあざ笑う。「計画には、『運転コストが低廉』としか書いてない。つまり、『建設コスト』を入れた総コストでは高いという意味だ。原発が高いのは世界の常識だよ! 知らなかったの?」。

その他のことも、全部そうだ。2年前から温められたいくつもの卵がいっせいに孵化し、合体してモンスターとなる。

恐るべし、原子力ムラ。

『週刊現代』2014年9月13日号より

原発の倫理学(税別価格:1400円)
話題作『原発ホワイトアウト』著者・若杉冽氏推薦! 「霞が関には古賀さんを隠れキリシタンのように慕っている官僚たちがいる。原発の裏も表も全部わかる必読書」

原発は「倫理的」に許されないエネルギーだという議論をすると、それは「感情的」あるいは「主観的」な議論であるというレッテル張りをされる傾向があります。経済論や技術論は受け入れられても倫理論は受け入れられないのが現状だと言ってよいでしょう。しかし、倫理の問題は、経済や技術の分野でも非常に重要な問題です。二人の元総理(小泉氏と細川氏)が期せずして脱原発を「人の生き方の問題」「倫理の問題」として語り始めたことは、極めて重要な意味があります。私が小泉氏や細川氏に期待するのは、大きな哲学、「脱原発の倫理観」を国民に提示し、国民的大議論を巻き起こすことです。議論の末、国民の大多数が新しい日本の生き方、「脱原発と再生可能エネルギーで、自然とともに生きる国日本」を目指すという共通の目標に到達すれば、その時初めて、脱原発が可能になるのだと思います。――<「はじめに」より抜粋>

※本書は2013年5月に先行発売した電子書籍『原発の倫理学 古賀茂明の論考』の内容を大幅にアップデートした上で再編集したものです。