震災4年目/余震の中で新聞を作るVol.109 ~風評の厚き壁を前に/コメの行方・相馬・南相馬

河北新報編集委員が記録する「被災地のジャーナリズム」
苗丈が伸びた直播の田んぼを見回る佐藤さん

Vol.108はこちらをご覧ください。

写真文/寺島英弥 (河北新報編集委員)

116回目 ~風評の厚き壁を前に/コメの行方・相馬・南相馬

7月10日の空は、降ってはやんでの暗い梅雨の雲に覆われていました。その下に見渡すかぎり、目の覚めるような黄緑色の苗田。相馬市今田の農家・佐藤徹広さん(63)の田んぼの苗は、40~50センチに伸びていました。ただ、刈られた芝のように整然とした周囲の田の景色に比べて、1本1本の苗の葉にどこか野性的な勢いを感じます。

「直播(ちょくは=種もみの直まき)は4年目になるが、やってみて分かることばかりだ。5月初めに種まきをして、やっと周りの田んぼの苗に成長が追いついた」

水田を見回りながら、佐藤さんは語りました。それまで経験のなかった直播のコメ作りを、震災が起きて間もない2011年春に始めたそうです。

直播は、日本の農家で常識になってきた「ハウスでの育苗から田植え」のプロセスを省いて、人間の手をできるだけかけず、種もみが持つ自然の力で田んぼに芽吹かせ、根付かせ、稲を成長させる栽培法です。大規模、省コストを目指す稲作に適しています。

もともと相馬市内の農機具販売店が海沿いの農家と組んで、直播の栽培試験を予定しましたが、同年3月11日の津波で被災してしまい、無事だった地域の佐藤さんに声が掛かったといいます。試験的に40アールから始まった直播は今年、耕作する水田計6ヘクタールの4分の3を占めるにいたっています。そのコメも、品質に高い評価を得ました。

佐藤さんが作った13年産コシヒカリが、地元農協を通して、昨年11月に宮城県七ケ宿町でおこなわれた第15回米・食味分析鑑定コンクール国際大会(米・食味鑑定士協会主催)に出品され、日本のコメ17点が選ばれた金賞の一つになったのです。

「今田は江戸時代、相馬(中村藩)の殿様が食べたコメの産地なんだ。金賞には驚いたが、何よりも(福島県)浜通りのコメが純粋に評価されて、うれしかった」と、佐藤さんは語りました。

それまで、浜通りのコメは同コンクールで40位にも入らなかったそうです。福島第1原発事故以後はとりわけ放射能をめぐる風評で、「福島産」というだけで売りにくい現実が、現在も続いています。金賞には、ほかの地域以上に大きな意味がありました。