松尾貴史(以下、松尾) 今回は、香辛料研究の第一人者である、渡辺達夫先生と一緒にトウガラシを科学したいと思います。世の中のスパイスのなかで、もっともポピュラーなものの一つがトウガラシではないでしょうか。
トウガラシといえば、辛み成分のカプサイシンを持つことで有名です。カプサイシンにはダイエット効果があるといわれますが、あれはほんとうですか?
渡辺達夫(以下、渡辺) ええ。実際に京都大学でそういう研究が行われており、太りやすい食事に大量のカプサイシンを入れたら、太るどころか逆に瘦せるという結果が出た。つまり、脂肪が落ちたのです。
松尾 それは、カプサイシンを摂ると脂肪が燃えると考えてよいのでしょうか?
渡辺 はい。実は、それに関する研究が私の博士論文でした。詳しく調べたところ、カプサイシンを摂ると交感神経を介してアドレナリンというホルモンが分泌され、エネルギーの消費を高めることがわかったのです。つまり、同じカロリーのものを食べたとしたら、カプサイシンを摂ったほうがより太りにくくなるといえます。
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松尾 へ~。アドレナリンですか。たしかにトウガラシを摂るとやる気が出る気がします。
渡辺 ええ。わかります。
松尾 そもそも、トウガラシといっても、さまざまな種類がありますよね? 何種類くらいあるのでしょう?
渡辺 およそ1000~2000種類だといわれているのですが、実は勝手に交配を繰り返してしまうので、新種の数は特定できないのです。それらのうち、名前がついていて、日本で日常的に売り買いされているものだけでも、おそらく20種類以上あると思います。
松尾 日本だけでもそんなにありますか。ちなみに、トウガラシと"鷹の爪" は違うのでしょうか?
渡辺 "鷹の爪" とは栽培品種の名前で、数あるトウガラシの品種の一つです。
松尾 なるほど。では、沖縄の"島唐辛子" はどうでしょう?
渡辺 あれは、タバスコソースに使われているキダチトウガラシ(木立唐辛子)の仲間です。
松尾 "島唐辛子" とタバスコは、仲間なんですか!
渡辺 ええ。一般的に知られるトウガラシは、一年生草本として分類されています。しかしキダチトウガラシは多年生草本。木化して、木のようになってそこに実がつくタイプのトウガラシです。
トウガラシは、温帯で育てると1年で世代を終える一年生草本なのですが、熱帯だと5~10年で木のようになります。ただ、はじめに温帯のもので分類されてしまったので、一年生トウガラシという意味のカプシカム・アニュームという学名がつきました。そこで、熱帯のものの一部を、キダチトウガラシと呼ぶようになったのです。
岡村仁美アナウンサー(以下、岡村) ちなみに、ピーマンもトウガラシの仲間なのでしょうか?
渡辺 ピーマンは、「甘あま唐辛子」というものです。甘いのに唐辛子という名前がややこしいですが(笑)。実は、ピーマンとトウガラシは同じ分類で、違う点はカプサイシンをつくるか否か、それだけです。ちなみに、ピーマンは緑色の未熟な状態で流通していますが、完熟すると、赤くなるものと黄色くなるものがあります。
松尾 よく似たものに、パプリカという野菜がありますよね? あれは緑色のものもパプリカなのですか?
渡辺 ええ。実は、パプリカとは、ハンガリーの言葉で「トウガラシ」という意味なのです。日本では、ハンガリーで食べられている大型で肉厚の、辛みの非常に少ない種をパプリカと呼んでいます。
松尾 そもそも、カプサイシンという成分は、トウガラシ以外の植物にも入っているのでしょうか?
渡辺 いいえ。残念ながら、トウガラシ属以外でカプサイシンをつくる植物はないのです。
松尾 えっ! トウガラシだけなんですか? では、カプサイシンを摂って脂肪を燃焼させたければ、ひたすらトウガラシを摂取するしかないと。いったい、どれぐらいの量のトウガラシを食べれば効果があるのでしょう?
渡辺 実は、正確にはわからないのです。ただ、"鷹の爪" のレベルで、一度に1g 程度食べると、効果が出る人には出ます。
松尾 一度に1g?
渡辺 ええ。よくある一味唐辛子の瓶が15gで、その15分の1ぐらいですから・・・。
岡村 えーっ! けっこう多い量ですね!
渡辺 そうですね。一度にそれぐらい食べることで、効果が出る人もいます。
松尾 カプサイシンは、夏の暑いときに食べれば発汗を促し、体温を調節するなど、脂肪を燃やす以外にも働きがあると思うのですが、ほかにはどのような働きがあげられますか?
渡辺 古くから調べられているのは、抗酸化作用です。冷蔵庫がない時代に、物を腐りにくくしたということです。また、さほど強力ではないのですが、微生物に対する抗菌作用もあります。
また、非常に変わった効果として、トウガラシには胃粘膜の保護作用があるのです。ただ、気をつけないといけないのは、食べすぎると胃の粘膜を損なってしまいます。ほどほどの量であることが肝心です。
岡村 ところで、以前、辛さというのは痛覚だと聞いたことがあります。
渡辺 そのとおりです。辛みというと、味覚の一つに捉えられがちですが、本来は痛覚です。人の体にあるカプサイシンの受容体とは、"熱くて痛い" という感覚を伝えます。その証拠に、手の甲にカプサイシンをつけると痛く感じます。手の甲だと痛いのですが、口のなかに入れると人間は"辛い" と認識するということです。
松尾 この痛みの刺激は、身体にとってはどうなんですか?
渡辺 ほんとうは危険な信号だと思います(笑)。
松尾 そうですよね。痛みですからね(笑)。生物にとって痛みとは、きっとよくないことですよ。でもそれを食べると、余分な脂肪を燃やしたり、アドレナリンも出してくれる。これは、どう捉えたらいいのでしょう?
渡辺 それについては、食べ物の嗜好の形成などを研究したアメリカのロジン(Rozin,P.)という心理学者が見解を述べています。彼いわく、トウガラシの辛みやカフェインの苦みなど、身体にとっては危険な信号と思われるものを人間が好んで摂取してしまうのは、一種のスリルを楽しんでいるからではないかと。
松尾&岡村 スリル!?
渡辺 はい。実際、身体にとって危険な信号が出ているのに、そのあとなんともない。場合によっては、トウガラシの辛さやコーヒーの苦さは、摂取したあとにある程度スッキリした感覚がありませんか?
松尾 ありますね。
渡辺 つまり、それがスリルになっているのではないかと。危険だから怖いけど、命に別状はない。つまり、ジェットコースターと同じような効果です。また、同じ研究者によると、辛いものを食べたときは、脳から「ベータエンドルフィン」という、快感ホルモンが出るのではないかともいわれています。
松尾 以前に、脳内麻薬についてうかがったことがあります。ベータエンドルフィンとは、麻薬様物質ですよね。
渡辺 そうです。これが出ると、非常にハイになり、やみつきになってしまうのではないかと、ロジンは唱えています。ただ、これも証明されたわけではありません。しかしながら、ロジンはチンパンジーで実験をしていて、チンパンジーにトウガラシを与えると最初は嫌っているのですが、繰り返し食べさせているうちに嗜好が変わる。つまり、好きになってしまうということはわかっています。