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笹井芳樹(理研 副センター長)を追い込んだ「小保方への愛情」と「山中教授への対抗心」「逃げ場」も「勝ち目」もない。あるのは絶望だけだった
週刊現代 プロフィール

「笹井さんよりも先に精神的にまいってしまったのは、奥さんのほうなんです。騒動が起きてから、近所に『主人のことでお騒がせして申し訳ございません』と謝りに回る毎日でした。ある日、スーパーの買い物袋を手にしている奥さんを見かけたんですが、目はうつろで、憔悴しきっていました」(笹井氏自宅の近隣住民)

笹井氏の夫人は元キャビンアテンダントで、氏が医学部客員研究員だったカリフォルニア大学ロサンゼルス校から帰国した'96年に結婚した。夫は日本を代表する科学者で、妻は元CA、子宝にも恵まれた。さらに笹井氏の実兄は大阪の大学病院で幹部を務めているエリートだ。そんな華々しい一族の人生は、STAP問題に関係してしまったことで暗転した。遺族代理人の中村和洋弁護士によって開かれた8月12日の会見では、「深い悲しみとショックで押しつぶされそう」「今は絶望しか見えない」という遺族の悲痛なコメントが発表された。

京都大学医学部を卒業後、36歳という若さで同大学の教授に抜擢された笹井氏。日本の科学界を牽引してきた天才研究者の、あまりにも唐突な最期だった。

一体、なぜこのような悲劇が起きたのか。その最大の原因は、笹井氏が小保方さんという未熟な研究者と出会い、彼女とSTAP細胞にのめり込んでしまったことにあるのは否定できない事実だろう。

笹井氏と小保方さんとの間には、師弟という言葉では説明できない、親密な関係があったとされる。笹井氏は小保方さんを「シンデレラ」と呼び、小保方さんも「センセ、センセ」と深く慕う姿を隠そうともしなかったという。

「上司部下でありながら、2人が特別に親しい間柄に見えていたのは確かです。笹井さんは彼女の研究室に入り浸りで、自分の仕事場には顔を出さない状態が続いていました。毎日深夜まで2人きりで研究室にいる、という話も流れていた。

CDBでは2人の関係が噂されていましたが、問い詰める人はいませんでした。実際にCDBを動かしているのはセンター長の竹市雅俊さんではなく笹井さんでしたから、誰も触れられなかった。そんなアンタッチャブルな雰囲気が、小保方さんを増長させていると不満を漏らす関係者もいました」(笹井氏の知人)

ずっと彼女を庇い続けた

笹井氏は、小保方さんを「非常に豊かな発想力があり、集中力も高い」と褒めてきた。だが、論文の大部分がコピペで書かれ、画像も捏造や改竄のオンパレードという彼女の「未熟さ」を、笹井氏は本当に見抜けなかったのか。7月27日に放映されたNHKスペシャル『調査報告 STAP細胞 不正の深層』によれば、2012年の末に初めて小保方さんの論文を読んだ笹井氏自身が、「火星人の論文かと思った」と呆れかえっていたという。

おそらく笹井氏は、小保方さんが研究者として半人前以下であることを知っていた。それでも、道を引き返そうとはしなかった。むしろ「自分の力でこの女性とその研究を世界に認めさせる」と言わんばかりに、「天才リケジョ・小保方晴子」をプロデュースする道を突き進んでいった。