賢者の知恵
2014年08月30日(土) 週刊現代

笹井芳樹(理研 副センター長)を追い込んだ「小保方への愛情」と「山中教授への対抗心」「逃げ場」も「勝ち目」もない。あるのは絶望だけだった

週刊現代
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〔PHOTO〕gettyimages

小保方晴子さんと出会ったことで、天才学者の人生は急転した。その裏にはiPS細胞に負けられないという研究者としてのプライドがあった。笹井氏はなぜ自ら命を絶ったのか—その軌跡を辿る。

死の直前の彷徨

「自殺する一週間ほど前に笹井さんをCDB(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター)で見かけたとき、無表情でうつむきながら廊下を歩いていました。いつもなら『頑張ってるかい』と声をかけてくれるのに、なにか思いつめている様子で、何度声をかけても応えてくれませんでした。

笹井さんは4月から行われているSTAP細胞の検証実験がうまくいっていないことに気を揉んでいたようです。結果的に笹井さんの自殺で先送りにされましたが、8月上旬に予定されていた進捗状況を報告する中間発表で、これ以上検証をしても仕方ないと結論が出てしまうことを恐れていました」(CDB関係者)

8月5日、神戸市のCDBに隣接するビルで、自ら命を絶った笹井芳樹理研副センター長の姿が発見された。笹井氏は5階の階段の手すりにひもをかけて首をつっており、踊り場には綺麗に靴が揃えられていた。靴の横にはカバンが置かれ、中には笹井氏の自殺当日もCDBでSTAP細胞の再現実験を準備中だった小保方晴子ユニットリーダー宛ての遺書もあった。

冒頭の証言からも、笹井氏が自殺直前にはギリギリの状態まで追い詰められていたことが窺える。それは、氏の家族も同様だった。笹井氏の夫人もまた、息が詰まる毎日を余儀なくされていたという。

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