連載「男のパスタ道」第4回
間違いだらけの「ゆで汁と塩」の常識
土屋敦(書斎派パスタ求道者)

パスタをゆでる時の塩問題はなかなか奥が深く、また俗説も多い

アルンデンテとコシを科学的に考察した、第2回第3回はちょっと難しかったかもしれない。そこで今回は、ちょっとした息抜きの意味も兼ねて、パスタのゆで方をめぐる言説の真相、意外な事実などを、どんどん紹介していきたい。

塩とコシ

まずはこんな説から。

「塩を入れると沸点が上がって高温でゆでることができるので、パスタにコシが出る」

よく聞く話だが、実際に計算して検証してみよう。まず水1リットルに塩10グラムを入れた場合、沸点はどれぐらい上昇するのか。水のモル沸点上昇は約0.52K・kg/mol。簡単に言うと、1リットルの水に1モルの物質が溶解していれば、沸点は0.52度上がるということだ。塩化ナトリウム1モルの質量は58.4グラムだから、ゆで汁に投入する10グラムは10÷58.4=約0.17モルに相当する。ただし、塩は水の中でナトリウムイオンと塩化イオンに分離するので、モル数で考えると2倍になる。つまり、塩10グラムを入れるというのは、0.17×2=0.34モルの物質が水に溶融することを意味する。なので、沸点は0.34×0.52=約0.18度上昇すると計算できる。

同様に、計算上、塩6グラムなら約0.1度、塩25グラムなら約0.45度、塩30グラムなら約0.53度、沸点が上がる。塩を30グラムも入れたとしても、沸点は1度以下の上昇だ。ただし、このわずかな温度上昇が、パスタのコシに影響を及ぼさないとは言い切れない。

そこで、アレニウスの式というものを持ちだしてみる。これは、ある温度における化学反応の速度を予測する式で、工業製品の耐久テストなどに目安として使われるものだ。ややこしいのちょっと端折るが、「活性化エネルギー」(化学反応がおこるためにその物質に与える必要がある最低限のエネルギー)を50kJ/molとした場合、1リットルの水に塩を25グラム入れたとき、つまり沸点が0.45度上がったとき、アレニウスの式を用いると、化学反応の速度は1.02倍になる。

ちなみに、沸点が10度上昇し、110度のときの化学反応の速度は、100度のときの1.52倍。10度違えば、化学反応が1.5倍も違う。この場合、110度でゆでたときの1分は、100度でゆでたときの約1分30秒に相当する。つまり100度だと9分でゆであがるパスタは、約6分でゆであがる。10度の沸点上昇は、パスタに大きな影響をもたらすものと思われる。

しかし、1リットルの水に塩を25グラム入れ、沸点が100.45度でゆでたときの1分は、100度でゆでたときの約1分1秒にしか相当しないのだ。つまり、9分ゆでても、差は9秒程度。これでは、ゆであがったパスタをザルに上げたり、トングでつかんで容器に移したりする際に生じる誤差とさして変わらない。

つまり、ゆで汁に塩を入れて少し沸点を上げたとしても、化学反応にはほとんど影響がないということだ。たしかに塩を入れれば沸点は上がる。しかし、0.5度ぐらい沸点が上がったからといって、パスタには影響を与えない。これが結論だ。つまり「沸点を上げるのが目的で塩を入れる」のは俗説である。