読書人の雑誌『本』
最近、月が話題になるわけ---『世界はなぜ月をめざすのか』著・佐伯和人

時代のターニングポイントにある時、その時代に生きる人は、そのことを実感できているでしょうか。たとえば、大航海時代の最初の船団が新大陸へ出航した時。たとえば、産業革命時代の最初の鉱山につるはしが振り下ろされた時。私は、そんなことが最近とても気になるのです。なぜかというと、いま、世界がまさにそのターニングポイントにいるという実感を持っているからです。

そのターニングポイントとは、人類の月への本格的な進出です。こう思う方も多いでしょう。「月にはもう何十年も前に行ったじゃないか」、「いま、とくに月開発が加速しているようにも見えないが」と。しかし、いま始まろうとしている月開発は、アポロ計画の時代とは、目的も質も大きく変化しています。そのことを示すために、講談社ブルーバックスより『世界はなぜ月をめざすのか』を出版させていただきました。

私は、学生時代に隕石の研究をしていましたが、「はやぶさ」計画が立ち上がる時に、宇宙の石がわかる人ということで、宇宙探査の世界に誘われました。それが、宇宙探査に関わるようになったきっかけです。その後、同時期に立ち上がった月探査計画「かぐや」に活動の拠点を移し、地形地質カメラのグループの共同研究員になりました。さらに、「かぐや」の縁でさまざまな月探査計画の立案に関わり、次期月着陸探査計画「セレーネ2」では、着陸地点検討会の主査(とりまとめ役)も務めさせていただきました。その活動の中で気づいたことは、宇宙開発で実際に起きていることと、世間の認識にはかなりのズレがあることです。その一方で、高度情報化社会の今日、認識の材料となる情報は、本当にびっくりするほどあけっぴろげに世間に公開されていることにも気づきました。

みなさんは推理小説がお好きでしょうか。私は大好きです。推理小説の醍醐味は、あちこちにちりばめられた伏線が、最後に急速に収束して、これまで思いもよらなかった新たな真実が浮かび上がる驚きとカタルシスではないでしょうか。同じように「世界はなぜ月をめざすのか」という疑問の答えにいたる伏線は、じつはすでに皆さんの耳にする情報の中に、たくさん埋め込まれています。しかし、その情報はわかりにくい専門用語に紛れていたり、また、ほかの紛らわしい情報の陰に隠れていたりしています。真実を掘り出す鍵は、ほんの少しの知識と、ちょっとした気づきによる新しい視点です。

たとえば、こんな情報がテレビで流れました。「月には、月協定というものがあり、月の資源は人類共通の財産です」。この協定は、正確には「月その他の天体における国家の活動を律する協定」という名前で、一九七九年の国際連合総会において採択されました。月協定の第十一条には確かに「月の表面や地下、天然資源は、いかなる国家・機関・団体・個人にも所有されない(概要)」と宣言されています。ところが、この協定の批准国は、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、チリ、カザフスタン、メキシコ、モロッコ、オランダ、パキスタン、ペルー、フィリピン、ウルグアイ、レバノンの十三ヵ国だけです。近い将来、実際に月に人類を送り込む可能性が高い、アメリカ、ロシア、中国、日本は批准していません。月に行ける国が批准しないのはなぜか。逆に、月に行けない国がわざわざ批准する必要性は何か。

ほかの例では、2012年5月にこんな報道がありました。

「NASAは月面史跡保護ガイドラインを定め、月面探査の賞金コンテストを実施しているアメリカの『X賞財団』と、指針内容を尊重することで合意しました」。月面史跡保護ガイドラインとは、アポロ計画での月面着陸地点などを、NASAが「歴史的遺産」として定め、周辺地域と上空を立ち入り禁止にするという指針のことです。着陸地点周辺を、不可侵領域にできることの持つ意味は何か。

世界はなぜ月をめざすのか』では、さまざまな事例を紹介し、世の中に埋め込まれた伏線が一つの事実に収束していく過程を実感していただけるように構成を考えました。