佐々木俊尚(前編)「人との『絆』を幼いころに経験しなかった自分にとって、人間関係を築く事は恐れでもあった」 愛は幻想だけど構築可能なもの

2014年08月27日(水) 小野 美由紀

小野 美由紀愛の履歴書

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家族とは一体、なんなのか

その頃、一般的だった、専業主婦にサラリーマンの夫、子ども2人の“標準家族”。そんな温かなイメージに包まれた家庭を、自分が構築できるとは到底思えなかった。そんなの、できっこない。ならば、決まりきった家族制度に収まるよりも、ドロップアウトして一人暮らししてるほうがかっこいい。そんな青臭い思いもあった。寂しさは、感じなかった。いや、忙殺を極めていた佐々木には、感じる余裕もなかったと言うべきか。

「会社に仲間はたくさんいるし、家族的で絆が強いんですよ。今の時代はゼロベースで関係を構築しなくてはいけないけれど、当時、関係は会社や大学に所与のものだったからね。毎日新聞は特にそうだったかも。競争は厳しいけど、毎晩毎晩飲みに行って、家族よりも同僚と過ごす時間のほうが長い。そうすると帰属意識が強くなって、家庭がないことによる寂しさは感じない。好きなもんたべて、週末も気ままに暮らすって、楽しいじゃないですか」

社会の形に適応するのは得意だ。自分で決めた信念やルールに適合する、という行動パターンを取ることで、これまで置かれた状況に順応しながら、これまで生きて来た。

大学に入る前に読んだ、村上春樹の「風の歌を聴け」の中の一文。

「本当に強い人間は存在しない。強いふりをした人間だけが強くなる」

そういう人間になりたい、という思いと、そういう人間でいいのか、という、二つの気持ちの間でゆらぎながら生きて来た。その答えは、今もまだ分からない。

「最近、『北朝鮮強制収容所に生まれて』という、脱北者たちに関するドキュメンタリーを見たんだけど……。北朝鮮完全統制区域では、模範囚の男女が選ばれ、強制的に結婚させられる制度がある。そこで生まれた子どもも、政治犯として育てられる。このドキュメンタリーに、20数年間、強制収容所で暮らした後に脱北した、ある一人の男性が出てくる。

彼の母と兄は工場からの脱走を計画し、それを主人公は密告する。母だろうが、兄だろうが、ルールを破ったら密告せよという厳しいルールのもとで育って来た彼には、そうすることが当然だった。脱走者の家族も罰せられる規約があり、密告をした彼自身にも、厳しい拷問が待っていることを知っているにもかかわらず。1ヶ月近く拷問を受け、釈放されて、トラックに乗せられて連れて行った先に彼が見たのは、母と兄が処刑される瞬間だった。

でも彼はインタビューの映像の中でこう語るんだ。『自分がひどい目にあったのはこいつらのせいだ。母親でも脱走しているのを目撃したら密告しろと教育されているが、母が死んでも泣けとは教育されていないので、涙が出ませんでした』と……」

画面に映る彼は一見、知的でおだやかに見える。でもそれは、トラウマをなんとか抑制し、その場に適応して生きていることの裏返しだ。その気持ちが、佐々木にはとてもよくわかる。他人に必要とされることに自信が持てない。無償の愛を信じられない、その薄ら寒い寂しさ、仄暗さ。

この頃の佐々木には、家族は蜃気楼のように遠い存在だった。正しい家族とは、標準的な家族とは一体、なんなのか。過剰な幻想だとは、理性では分かりつつも、標準的な家族を知らない自分が、他者と関係を築く事ができるのか。「普通に」恋愛をして結婚をして、家族を作ることが出来るのか。

関係を築くことが恐ろしいのではない。「それを築くに値する自分かどうか」が分からない。そんな恐れだった。

しかし、佐々木に転機が訪れる。98年、突発性難聴に襲われたのだ。

(後編に続く)

小野 美由紀(おの みゆき)
1985年生まれ。ライター、コラムニスト、イベント企画者。性愛やコミュニケーション、家族問題を扱うブログが人気。初の著書となるエッセイ集と、800kmのスペインの巡礼路を歩いた旅行記が、来春出版される予定。Twitter:@MiUKi_None
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