連載「男のパスタ道」第2回
パスタをゆでる時の塩とアルデンテの本当の関係について

土屋敦(書斎派パスタ求道者)
「アルデンテ」の地位が上がったのはごく最近のこと 

【第1回】はこちらをご覧ください。

アルデンテという言葉は、イタリア語で歯を意味する「il dente」に英語の「to」にあたる前置詞「a」がついたもので、「アルデンテにゆでる」とは、「歯ごたえが残るようにゆでる」といった感じの意味になる。

しかし、一口に歯ごたえと言っても、どの程度の歯ごたえを意味するのか、あいまいなままだ。よく言われるのが、パスタの中心に絹糸1本、あるいは髪の毛1本程度の芯が残っている状態だという。なかには「木綿糸1本より細いが、絹糸1本より太いぐらい」と表現されることもある。

アルデンテを礼賛する人は実は少数派だった

イタリアでも、「パスタの都」とも言われるナポリでは、かなり芯のある状態が好まれるなど、地域差がある(ナポリより芯があるといわれるローマなど、個人的には都会ほど芯のある状態が好まれるような気がしている)。もちろん個人差も大きい。

アルデンテという言葉に、パスタのもっとも理想的なゆで方、侵されざる奥義のような響きを感じる人がいるかも知れないが、実はそれほど明確ではないのである。「固すぎて食べられないと誰もが思う状態」と「完全に芯がなくなった状態」の間に横たわる、ある程度の幅を持った概念と考えたほうがいいだろう。

実は、アルデンテを礼賛する人は、歴史的に見ればごく少数派であったと思われる。アルデンテが美味だという「観念」が広まるまでは、芯がなくなるまでパスタをゆでるほうが自然だったのだ。

日本人が広くスパゲッティを食べるようになったのは第二次世界戦後だが、それから長きにわたって、芯がなくなるまでゆでたパスタが好まれていた。イタリアからの移民がパスタを広めたアメリカでも、多くの人がやわらかいパスタを好んだ。ヨーロッパでも同様だ。ドイツのパスタは基本的にやわらかいし、イタリアと同じく地中海に面したフランスも、その隣のスペインも、イタリア人から見ればゆですぎのパスタを食べていると言っていい。

そして、当のイタリアでさえ、中世にはパスタを1時間、場合によっては2時間もゆでていたのだ。イタリア人はそもそも、小麦の粒や小麦粉をどろりとするまで煮たお粥を食べていた。パスタも当初は粥状に近くなるまでくたくたに煮込んだものが好まれたのも自然なことだ。

人々がパスタをやわらかくゆでてきたのは、実に自然なことだ。やわらかい食物は、よく咀嚼しなくても飲みこむことができ、消化もいい。あまりエネルギーを消費することなく、効率的に栄養を取り込むことができるからだ。