読書人の雑誌『本』
『米軍と人民解放軍 米国防総省の対中戦略』著・布施哲---米中の「国益最大化」ゲーム─米国のリアリズムとは
米軍と人民解放軍』著:布施哲
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ニュー山王ホテルという施設をご存じだろうか。

東京・広尾の一等地にある米軍の宿泊施設。構内ではドルが流通し、トイレの便器までもがAmerican Standardというアメリカ製で固められている。ゲートに立つガードマンは厳密にはアメリカ軍施設で働く日本人の民間人だが、驚くべきことに銃器の所持が許されている。まさにそこは日本の中のアメリカ。東京のど真ん中にありながら日本国家の主権が及ばない「治外法権」のアメリカ領土がそこにある。

米軍の情報部隊はそのニュー山王ホテルに日本の情報関係者を頻繁に招き、情報交換のためのパーティを開いている。そこで行われたビュッフェ形式のパーティの席上、フォークをとろうとした日本の情報関係者の手に、あるアメリカ人の手がぶつかった。

「おっと、失礼」

外見よりも若々しいハスキー気味な声の日本語は流暢だった。所属機関名を記した名札に一瞥をくれると、その白人は「貴機関には友人がたくさんいますよ」と、その後の長い会話を切り出した。

「後から考えると、あれは自然にアプローチするために仕組まれたきっかけだったとしか思えない」

そう振り返りながら、日本の情報関係者はそこでの会話を詳らかにしてくれた。それは当時、軍事やインテリジェンスに疎かった私にとっては刺激に満ち溢れる内容だった。

「アメちゃんは在日米軍基地に対するテロの兆候を摑むため、ある団体の動向を追跡していた。その関連情報をうちが持っていないか探りを入れてきたんだよ」

詳細をここで記すことはできないが、件の情報関係者の話を要約すると、米軍は在日米軍基地へのテロ攻撃の兆候をはかるベンチマークとして、東京に所在するある団体の動向を24時間態勢で監視していたという。

「こちらに何の断りもなく、首都のど真ん中でアメリカがそんなオペレーションを展開していたとはね」

苛立ちと諦めの表情で顔を歪めながら、誇り高き情報関係者は続けた。

「結局、同盟国だろうが、日米安保があろうが、奴らはうちらを信用してない。自分らの脅威に関わる情報は自分たちで集めるってことなんだよ。それがたとえ相手国の首都であってもね。それがあの国の凄味だよ」

国家がある限り国益追求は続けられ、同盟もまたその手段に過ぎない―。これが駆け出しの政治記者だった私が初めて触れた、冷厳な米軍の論理、そして国際政治における冷厳なリアリズムだった。以来、私は軍事とインテリジェンスのリアリズムと国益確保の世界に惹きこまれていった。