松井孝治×西田亮介対談【後編】
「市民が積極的・主体的に身近な公共にかかわる社会をつくりたい」

いま、改めて「公共」を問う
西田 亮介 プロフィール
[左]松井孝治氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)、[右]西田亮介氏(立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授)
これまで、政治家に注目したり、政治を見直すときに、首相経験者や派閥の担当者など、私たちから少し遠い人たちがコンテンツとなることが多かった。しかし、本当にそれでよいのか、という問題意識から、立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授・西田亮介氏が聞き手となりスタートするインタビュー企画。初回となる今回は、「公共」をテーマに、官僚、政治家を経て、現在は慶應義塾大学総合政策学部教授を務める松井孝治氏にインタビューをおこなった(3月17日実施)。

【前編】はこちら

少しずつ推し進めた「コミュニティ・ソリューション」

松井: ぼくがかかわったことを整理すると、2003年以降ではマニフェスト選挙、2004年に政党シンクタンク構想を出して、2005年の選挙で負けてからシンクタンク「プラトン」を立ち上げました。

西田: シンクタンクは自民党にあったものですか?

松井: いえ。あのころは、自民党もほぼ同時につくったんですよ。

西田: 自民党は城西国際大の鈴木崇弘先生がキーパーソンになったもののことでしょうか?

松井: ぼくらも鈴木さんを口説いたんですが、鈴木さんは迷った末に自民党のほうに行かれました。

西田: プラトンで中長期の政策を練りたいというのが、松井先生のお考えだったのですか?

松井: プラトンでは、どちらかというと、新しい公共型の理念を出そうと思ったんです。当時は「コミュニティ・ソリューション」と言っており、プラトンの最初のシンポジウムを開催して、民主党はこのモデルでいこうと思っていました。

つまり、中央集権で遠くにある政府ではなく、もっと公共を引き寄せようと。子ども手当などにみられる中央が配る公共ではなく、寄付税制のような形で自分が自分の身銭を切ってなにを応援するのかということです。国民が自らの「公共」判断によって応援しようという分野を国や自治体もマッチングする形で応援しようという逆転の発想です。もっと公共の世界を身近にしないと監視の目も行き届かないからという副次的な理由もあります。

ぼくは小泉改革が行った改革について、半分くらい賛成なんです。竹中平蔵さんも鮮やかだった。官が官業として肥大化しているのはおかしいし、郵政民営化が正しいと思っていましたから。ただ、改革の目的は民間にとってのビジネスチャンスの拡大というニュアンスが強すぎたとは思います。

小泉・竹中路線を支持するんだけど、他方で主目的が民間のビジネスチャンスの拡大というとちょっと待てよ、と。民間企業が適正利潤を得るのは結構だけど、ビジネスチャンスよりも、公共的サービスの受益者の利益の方が大きいと思っていて。

また、小泉内閣が続くなかで、格差や貧困の問題も出てきました。もちろん、困窮する人たちを社会的に包摂していくことは大事ですが、国家がいきなり社会包摂を全部担っていくことには違和感があるんです。

たとえば、阪神淡路大震災の時には、地域の人々が地域の中で人々を包摂していました。中央の役所がなんでもやるのではなく、もっと各地域の人々を幸せにしていくことを考えてもいいと思いました。たまたまですが、ぼくの子どもが通っていた学校が御所南小学校という「コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)」のパイロット校だったんです。

西田: 「新しい公共」の文脈でも、度々言及されていますね。

松井孝治氏

松井: 2003年頃、ぼくの息子が入学したあたりがちょうど立ち上げ期でした。本当の偶然で、コミュニティ・スクールのパイロット校が全国で7校しかなかった時代だったんです。コミュニティ・スクールでは、保護者だけではなく、地域のおじいちゃん、おばあちゃん、町内会の人や若者などが活動にかかわり、総合学習やコンピュータ教育から図書館運営、地域の防犯など、子供たちの教育のみならず地域の様々な問題を議論していた印象があります。

自分の地元、しかも居住学区で、地域の人々が公共について話す光景を見たことはよい意味でショックでした。まさに公共の問題を、「他人事」ではなく「自分ごと」として、地域の人たちが地域の問題に損得を超えてかかわるというモデルがあるんだと。

この文脈で、元犬山市長(愛知県)で衆議院議員を務めた石田芳弘さんは、「学校は子供のためにあるんではない」と言っていました。彼は教育改革を一生懸命行っていたんですが、こんなに素晴らしい場は大人のためです、と。将来子供たちに住んでほしい理想の地域をみんなで考えてつくっていく、その舞台が学校なんだ、と。

そんな中で、「新しい公共」の概念が湧いてきて、そのような政策の仕込み、政党としての理念をストーリーとして政治家に伝えるために、「プラトン」をつくり、動かしはじめました。

つくったこと自体は良かったんですが、小沢さんがそれをあんまり好きじゃなかった。当時は、岡田・前原路線で、岡田さんが2004年に政党シンクタンク構想を発表し、郵政選挙を経て代表に就任した前原さんもすごく乗ってくれていたんだけど、これからというときに永田メール問題であっさり党首を辞任しました。

その後、小沢さんが党首に就任すると、「これにいくら使ってる?」と聞くんです。ぼくは政党助成金はシンクタンクのようなものにこそ使うべきだと思っていたんですが、小沢さんは資金は選挙のために使うべきだし、選挙に勝ったら役人を使えばいいんだよ、という主張でした。

そのため、活動は大幅に縮減し、「BBL(Brown Bag Lunch=昼食をとりながらの勉強会)」が中心になりました。たとえばフローレンス代表の駒崎弘樹くんなど地域で公共的活動を行っているいろんな方を呼んで勉強会を開催しました。細々とコミュニティ・ソリューションの灯をともし続けるということで、ギリギリ残っていきましたが、大仕掛けで政権交代後の人材ネットワークをつくるところまではいかなかったです。

西田: ブレーン集団としての人材ネットワークをつくり、そこを起点として支持を集めていくというシナリオを見据えていらっしゃったのでしょうか。

松井: それと同時に、民主党としてコンセプトやストーリーを共有することです。だから勉強だけは続け、結果として色んな人が来てくれました。

西田: そういう意味では、プラトンの勉強会は、人の繋がりを生み出したと評価できるでしょうか。

松井: 一部ですね。本当は、プラトンで人材ネットワークを形成して、内閣官房に政策や人のコントロールタワーをつくるという構想でした。

具体的には、内閣人事局をつくり、ネットワークを形成し、我々に共鳴してくれるような人の政治任用をもっと広げていく、というのが設計図だったんです。各省庁にはそう簡単に政治任用ができないけれど、内閣官房など総理に近いところにそうした人材を集める。その人脈作りをプラトンで担うというのが、基本的な戦略でした。

プラトンは細々としかできませんでしたが、そんな中でも震災とコミュニティ・スクールをモデルにしたコミュニティ・ソリューションを少しずつ推し進めていきました。たとえば、駒崎弘樹さん(認定NPO法人フローレンス代表)であれば、保育行政というのは施設型で厚生労働省の保育科がコントロールタワーになっていたところに、新しいビジネスモデルで穴を埋めるようなことをどんどん提案してくれる。そんな人たちに業界に風穴開けるような立場でかかわってもらおうと考えていました。

それぞれの行政分野で"非霞ヶ関的"な人も入れて、どんどん議論させて、撹拌させていくという思いでした。従来の常識で言うと、「業界がついてこない」とかいろんな言い訳をしていましたが、突破していく人が現れたら変わりますよね。

言っていることの3割は無理だけど、7割は正しいということもある。その3割が鉄板だったり、岩盤だったりするんですが、行政のなかでもそこを突破したほうがよいと思っている人は案外多くいます。そんな中、もっとプラトンで人脈を作って、人材を霞ヶ関へと送り込みたかった。結局、二大政党が成功するというのは、そういう仕組みがないと絶対に無理なんです。

ぼくも経験しましたが、やっぱり援軍がいないと、一人ではやろうと思っても難しい。政治家でも官僚でもどこまで周囲に敵をつくるかとなると、どこかに味方がいないとできない。そうすると結局、穴が開かないままです。突破するには何人か援軍や起爆剤を置いておき、それらが連動して、起爆して、そして最後に総理大臣の一言で岩盤を崩すというような段取りが必要です。それができたのは、ぼくがかかわった中では、橋本行革の一部と「新しい公共」ぐらいでした。

「新しい公共」については鳩山さんが代表選挙に勝ったときから、これだけはやろうと言ってくれていました。円卓会議を作って寄附税制を議論し始めた時も、駒崎さんをはじめとしていろんな人が議論の起爆剤を仕掛けてくれて、財務省も説得し、最後に総理が決断し、公に言明してくれたことで穴があいた。

でも再び政権交代してしまったため、穴はあいたけど、先の道が見えにくいという状態です。ですから、いま一度党派を超えて仕掛けをつくって、大勢の人が協力して道をつくっていかなければならないと思っています。

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