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甲子園を美化する「リベラル派」朝日は、ヤ軍・黒田投手の悪夢「児童虐待」問題に切り込めるか
「夏の甲子園」大会開幕を伝える朝日夕刊(西部本社版)

人を殴ったら暴行の疑いで逮捕される。公の場でも家庭内でも、である。ところが、学校の部活動という世界に入るといきなり治外法権となり、大人が子どもを日常的に殴っても許されてしまう。

読売ジャイアンツで活躍した元プロ野球選手の桑田真澄氏は、共著書『新・野球を学問する』の中で自分自身の部活動を振り返ってこう書いている。

〈 今でも思い出したくない記憶です。頬に手の跡がつかない日がない、お尻にもケツバットの跡が数本。お尻がはれ上がって帰りの自転車は普通に乗れない。そんな毎日でした。 〉

これは小学生時代の話である。こうのような日々は中学・高校でも続く。「指導」や「しごき」という域をはるかに越え、「児童虐待」ではないか。

「ひたむき」「すがすがしい」は本当か?

8月に入り「夏の甲子園」たけなわだ。全国高等学校野球選手権大会は単なる高校生のスポーツ大会ではなく、国民的な祭典になっている。旗振り役は、日本高等学校野球連盟とともに大会の主催者を務める朝日新聞社だ。

朝日の「夏の甲子園」紙面は、「ひたむき」「すがすがしい」といった表現であふれ返っている。美談のオンパレードと言っていい。甲子園球場が90歳の誕生日を迎えた8月1日付朝刊(西部本社版)で同紙編集委員は「夏、青春、汗と涙」と書き、大会が開幕した同月11日付夕刊(同)は1面トップ記事で「熱闘開幕 待望の青空」と伝えている。

5月16日付の当コラムでも書いたように、いわゆる「自社モノ」優先は客観報道から逸脱している。自社モノだからといって手放しで高校野球を美化し、たたえるのは報道機関の本来の姿ではない。高校野球の紙面はあくまで「報道」であって「自社広告」ではないのだ。

冒頭で紹介した桑田氏の体験は、「ひたむき」「すがすがしい」といったイメージと正反対だ。体罰問題がクローズアップされ、「体罰=暴力」という意識が広がっているとはいえ、いまだに事件が相次いでいる。桑田氏の母校であるPL学園でも昨年、暴力事件で監督が辞めている。

日本野球について桑田氏が挙げる三大特徴の一つは「絶対服従」(ほかは「練習量重視」と「精神鍛錬」)。監督やコーチは絶対であり、下級生は考えることさえ許されない。軍隊で言えば上官と一平卒であり、刑務所で言えば看守と囚人の関係と似ている。桑田氏によれば、「絶対に仕返しされない」という上下関係の構図が体罰を引き起こす。

全力で野球に打ち込み、甲子園を目指す球児はたたえられるべきだ。だが、絶対服従は軍国主義的教育と紙一重であり、学校側がこれを教育のお手本にしてはならない。朝日は伝統的にリベラル派に軸足を置いてきたのだから、高校野球の「軍国主義的」体質にも注意を払うべきではないのか。

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