「痛い体験」を吐き出すことで自分が楽になっていく末井昭(『自殺』)×岡檀(『生き心地の良い町』) 後編

2014年08月30日(土)
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書くことは体験をフィクション化すること

 わたしは、今日はぜひ、ちょっと末井さんにお伺いしたいなと思っていたことがあるんです。このご本を読んでいてもそうですし、お話しぶりを伺っていてもそうなんですけれども、「自殺」というテーマを語られるときの力の抜け方といいますか、わたしはなかなか出来なくて。

わたしの本に出てくる海部町は自殺の少ない地域なので、調査していても楽しかったということが言えるんですけれども、自殺そのものを語られる本であっても、すごく力が抜けていらっしゃる感じが、どうやって身に付けられたのかなと思いまして。

末井 本にも書いているんですけれども、ぼくが小学校1年のときに、母親がダイナマイトで隣の家の男と心中したんです。そのことはずっと人には言えなかったんですね。言うと場がシラーッとしてしまうようだったし、僕の中にこのことは伏せておこうという気持ちもあったんで。

ところが、本に書いているようにKUMAさん(篠原勝之さん)に話したときにウケて、それから言えるようになったんです。ウケたから、もう堂々と話していいって思って、それからは自慢話みたいに話したり書いたりするようになったんですね。

自殺にもいろいろあるんですが、ダイナマイトで自殺、しかも不倫心中ですから、こういう派手な自殺ってあまりないんじゃないかなって。だいたい、首吊りとか、練炭で死んだりね、そういう人が多いんですよ。地味・・・・・・地味って言っちゃったら悪いけど、こっちはダイナマイトだぞって、自慢するっていうか、そういう気持ちも生まれてきているわけでして、自殺について平気で書けるというのは、そういうことが根底にあるからですね。

それと、長年雑誌の編集者をやっていたんで、いろんな人と会うんです。会いたくなくても向こうからヤクザや右翼が来るし、エロ雑誌だったので、警察にも呼ばれるし。そういう経験をすると、まぁ何が来ても大丈夫みたいな気持ちになって、自殺するって人が来られると面倒ですけど、まぁ来るなら来てもいいと思ってるところですかね。

 羨ましい、というか。あ、羨ましいと言うのは、そのヤクザさんと会ってることが羨ましいのではなくて、そういうふうな態度で自殺の問題をみんなが語れるようになるといいのになぁと思っていながら、なかなか自分もまだ、ちょっと構えちゃうところもあるので、みんなが末井さんのように語れるようになったらいいのになぁって。

小堀 末井さんにちょっとお聞きしたいんですけれど、末井さん、ご自分のこともずいぶん書かれるじゃないですか。

末井 はい。それしかないですから。

小堀 ここはもうやめておこうとか、そういうふうに思わないんですか。

末井 いやありますよ。まだ、書けないこといっぱいあるんで。で、書けないことがだんだん書けるようになってくると、なんだろうな、自分がすっきりするんですね。

今ね、父親のことが書けないんですよ。父親って、僕にとってはおぞましい存在だったんで、書けないんです。けど、ちょっと小説にして書いてみようかなと思っているんですけどね。

たぶん、書いたりするっていうことは、体験を自分の中で客観視して、フィクションにしちゃってるんだと思うんですね。まぁ、事実なんですけど、みんなにウケるように、ここはこうオーバーにするとか、なんかそういうのがあって、そうなるともうフィクションですよね。

自分の中でフィクション化すると、辛い体験も面白いこととして捉えられるようになって、自分から離れて行くんです。それで刺さっていた棘が抜けるように、自分が楽になることはあります。

『自殺』
著者:末井昭
朝日出版社/ 定価1600円(税別)
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「キレイゴトじゃない言葉が足元から響いて、おなかを下から支えてくれる。また明日もうちょっと先まで読もうときっと思う」------いとうせいこうさん
「優しい末井さんが優しく語る自殺の本」------西原理恵子さん


母親のダイナマイト心中から約60年――衝撃の半生と自殺者への想い、「悼む」ということ。伝説の編集者がひょうひょうと丸裸で綴る。笑って脱力して、きっと死ぬのがバカらしくなります。
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