プーチン露大統領は制裁リストからなぜ日本を外したのか?
【はじめに】
ウクライナ情勢をめぐる米露の対立から、中東問題やエボラ出血熱対策が遅れていることはゆゆしき事態です。8月3日のロシア国営ラジオ「ロシアの声」は、ロシア政府がこの問題に深く関与し始めていたことについてこう報じています。

<ロシア保健省の専門家グループが、西アフリカで猛威をふるうエボラ出血熱と戦う地元医師達を支援するため、ギニアに到着した。保健省のオレグ・サラガイ報道官が伝えた
それによれば、ロシア保健省とロシア消費監督庁(連邦消費者権利擁護・福祉分野監督庁)の指示により、ギニアに派遣されたのは、ヴィクトル・マレーエフ・アカデミー会員、ミハイル・シチェルカノフ教授といったロシアを代表するウイルス問題の専門達だ。両者は、エボラ出血熱が発生し急激に蔓延した原因を調査する上で、豊かな経験を持っている。
エボラ熱にはワクチンが無いため、1300人を越える感染者のうち、すでに729人が亡くなった。この病気の死亡率は、90%に達する可能性があるが、今のところそれは55%に抑えられている。>

ギニアに派遣されたヴィクトル・ヴァシーリエヴィッチ・マレーエフ教授(1940年生まれ)は、ロシアにおける感染症研究の第一人者です。ソ連時代から保健省感染症中央研究所に勤務していました。

インテリジェンスの世界で、感染症の予防、治療と生物兵器開発は、メダルの表と裏の関係にあります。感染症中央研究所は、軍の生物兵器開発とも深く関係している研究所です。仮に、どこかの国の研究機関がエボラ出血熱に対して有効なワクチンの開発に成功したとします。このワクチンを持っている国の軍隊は、エボラ出血熱を生物兵器として使用することが可能になります(自国軍の兵士には予防接種をしておけばよい)。

また、自爆テロリストがあえてエボラ出血熱に感染し、潜伏期間中にヨーロッパやアメリカに移動してそこで死ねば、感染が一挙に広がるかもしれません。

8月5日の「ロシアの声」は、<ロスポトレブナドゾル(ロシア連邦消費者監督庁)の国立ウィルス学・バイオテクノロジー研究センター「ヴェクトル」は対エボラ出血熱ワクチンの開発に取り組んでいる。火曜、同庁アンナ・ポポワ長官が記者団に述べた。ワクチンは現在臨床前試験の段階にあるという。/2月ギニアで始まったエボラ出血熱流行で隣国のシエラレオネとリベリアも含め887人が死亡、1300人以上が感染している。>と報じました。

ワクチンが完成したとしても、それを量産することは別の問題です。日本はワクチンの量産技術に長けています。エボラ出血熱は、国境を越えます。ウクライナ情勢でつまらない政治ゲームをしている場合ではありません。エボラ出血熱問題で、日本政府はロシアとの協力に踏み込むべきだと思います。

新聞記事からはなかなか読み取れませんが、ロシアのプーチン大統領の対日観は良好であることを分析メモにまとめました。イスラエル・パレスチナ情勢は泥沼化していますが、ハマスの野望について正確に理解しておかないと分析を誤ります。ようやく筆者のライフワークのひとつであった、『私が最も尊敬する外交官――ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六』(講談社)は8月8日に発売の運びとなりました。是非、手に取ってみてください。

インテリジェンス・レポート

【事実関係】
8月6日、ロシアのプーチン大統領は、マレーシア航空機撃墜事件に関連して対露制裁を行った国家に対する対抗措置を定めた「ロシア連邦の安全を保障する目的の特定の特別経済措置の適用に関する大統領令第560号」に署名した。対露制裁を行った諸国からの食料品輸入を1年間禁止するという内容だ。

6日朝の記者会見でチマコワ首相報道官は、「制裁対象国に日本が含まれている」と明言した。しかし、同日夕刻に発表された、メドベージェフ首相が署名した「大統領令第560号の実施に関する諸措置」という文書によれば、制裁対象国に日本は含まれず、米国、EU(欧州連合)、カナダ、オーストラリア、ノルウエーが制裁対象国となっている。

【コメント】
1.―(1)
マレーシア航空機撃墜事件が発生した9月17日以後、ロシアと西側の関係が一層緊張している。これまでに発表された情報を総合すると、ウクライナ東部のドネツク州を実効支配している親露派武装勢力が、地対空ミサイルによってマレーシア航空機を撃墜したということは、まず間違いない。問題は、この事件にロシアのプーチン政権がどの程度関与しているかだ。

1.―(2)
米国やEUは、「ロシア政府がウクライナの内政に干渉し、親露派武装勢力を支援している」と決めつけている。ロシア政府はそのような見方を否定し、「個人として親露派を支援しているロシア人はいるが、政府は関与していない」と主張している。これはロシアが嘘をついていると、西側は見ている。

情報が錯綜して、実態については不透明であるが、ロシア政府が主張しているように、ロシアの正規軍やFSB(連邦保安庁=秘密警察)特殊部隊が親露派を支援していることはないと筆者は見ている。しかし、GRU(ロシア軍参謀本部諜報総局)のOBや関係者で、現在は軍籍を持たないロシア人が個人の資格でウクライナの東部や南部に渡って軍事顧問として親露派を支援していることは事実だ。その動機には、同胞のロシア系住民を支援したいという愛国心とビジネスが混在している。

GRUはロシア製武器の販売にも従事している。それらの武器に定価はない。武力衝突が起きれば、必ず武器の需要が生じる。GRUはこれをビジネスチャンスとして見過ごさない。武器販売で大量の裏金を作り、それを工作活動資金にしている。もちろん、プーチン大統領は、GRUの裏金作りに気づいているが、あえて止めていない。その意味で、ロシア政府には、この不作為に対する責任がある。

1.―(3)
ウクライナの親露派武装勢力は、明確な指揮命令系統を持たないゲリラ集団のようなものだ。地対空ミサイルの操作に慣れていないゲリラ兵が、マレーシア航空機をウクライナの軍用機と誤認して撃墜したのであろう。もし、ロシア軍やFSBの軍事専門家が関与していたならば、国際的非難を浴び、自らの政治的立場を著しく不利にすることになる民間航空機の撃墜などするはずがない。

2.―(3)
当初、日本政府も米国、EUに歩調を合わせる予定だった。7月28日の記者会見で、菅義偉(すが・よしひで)官房長官は、ウクライナ危機をめぐり、ロシアに対する追加制裁措置を発表した。EUに同調して、日本も欧州復興開発銀行を通じたロシアでの新規事業への融資を止めると表明した。これまで日本政府が行ってきた形だけの対露制裁と異なり、今回はロシアにとって「実害」がある制裁だ。

ロシア政府はこれに激しく反発した。7月31日、ロシア国営ラジオ「ロシアの声」は、「日本版対ロ制裁の矛盾」と題する論評を報じた。

3.―(1)
8月5日、日本政府は、外務省・財務省・経済産業省の連名で、『クリミア自治共和国及びセヴァストーポリ特別市のロシア連邦への「併合」又はウクライナ東部の不安定化に直接関与していると判断される者に対する資産凍結等の措置について』という文書を発表した。

措置の内容は、40人と2団体に対する資産凍結等の措置とクリミア共和国とセヴァストーポリ市を原産地とする全ての貨物に対する輸入制限措置だが、欧州復興開発銀行を通じたロシアへの新規融資の停止が含まれていないという、ロシアに実害のない内容だ。リストに掲載された40人には、日露関係に影響を与え得る人は1人もいない。有名人は、ヤヌコヴィッチ前ウクライナ大統領、ポクロンスカヤ・クリミヤ共和国検事正(いわゆる「美しすぎる検事総長」)くらいだ。

もともとクリミアと日本の貿易は微々たるものなので、この輸入制限によってロシアは打撃を受けない。日本政府は米国、EUと共同歩調を取りつつも、ロシアとの関係に及ぼす実害を極少にするように配慮した追加制裁を行ったのである。

3.―(1)
8月5日、日本政府は、外務省・財務省・経済産業省の連名で、『クリミア自治共和国及びセヴァストーポリ特別市のロシア連邦への「併合」又はウクライナ東部の不安定化に直接関与していると判断される者に対する資産凍結等の措置について』という文書を発表した。・・・・・・(以下略)

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol042(2014年8月13日配信)より

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