ウォン・チョンハク韓国KPIFフェローが語る
「次のチャンスは南北統一、
韓国経済のグローバル化政策は止まらない」

ロシアとの経済的接近を視野に入れるパク・ウネ大統領   photo Getty Images

安倍晋三首相は、日本を世界で最もビジネスがしやすい場所に変えると宣言し、アベノミクスによってグローバル化を進める方針を示している。

かつて経済危機に直面した韓国は、日本よりも早くグローバル化にカジを切り、経済を建て直したが、一方で、様々な歪みが生じているとも言われる。経済のグローバル化を中心に韓国経済の方向性を、韓国KIPF(韓国租税財政研究院)のフェローを務めるウォン・チョンハク(元鍾鶴)氏に聞いた。

17年前、韓国は別の国に変わった

---日本では安倍晋三内閣がアベノミクスを掲げて、日本のグローバル化を進めようとしています。韓国は1997年の金融危機以降、グローバル化に大きくカジを切りましたが、その功罪が様々に指摘されています。

ウォン 1992年にキム・ヨンサム(金泳三)氏が初めての文民政権として大統領になり、経済成長に力を注ぎました。OECD(経済協力開発機構)の加盟を目指して頑張り、96年には加盟を果たしますが、その無理が大きな歪みとなって表面化し、97年のIMF金融危機となりました。

この危機を境に韓国はまったく別の国に変わったと思います。それまでの慣行や観念といったものがすべてひっくり返ったのです。

日本ほどではありませんが、それまでは会社といえば家族のようなもので、個人の人生を支えてくれる存在だと漠然と信じていたのですが、多くの会社がバタバタと倒産し、それまでの価値観が崩壊しました。当時、社会人だった人なら、知人の誰かが自殺したという経験を持っています。

---国際通貨基金(IMF)からの支援を受け、グローバル化に一気に舵を切ったのですね。

ウォン 危機直後に大統領に選ばれたキム・デジュン(金大中)氏によって、グローバル化が進められ、成果主義や効率性を重視する競争社会を目指したわけです。グローバル化というよりもアメリカ化といった方がよいくらい、思い切ってそれまでの価値観を転換したわけです。

例えば、97年までは企業の都合で従業員を解雇するようなことは社会が受け入れなかったのですが、危機以降は、多くの国民が仕方がない事として受け入れるようになりました。競争をしながら力を付けていかないと韓国は復活できない、と多くの人が考えるようになったのです。

南米進出の早かったヒュンダイ。ブラジルW杯でもオフィシャルパートナーに  photo Getty Images

英語も多くの人が勉強し、話すようになりました。経済がグローバル化していく中で、否応なしに英語を使わざるを得なくなると考えたのです。

97年までは表音文字のハングルでは意味が分かりにくい場合、漢字で補うことが多かったのですが、97年を境に英語で補うように変わった。

方針を転換すると決めると、一斉に皆が変わるような小回りがきくところが韓国社会の特長でもあります。一気呵成にグローバル化が進みました。

グローバル化を進めたことで、サムソンとヒュンダイという2つのグローバル企業が大きく成長しました。いまや韓国経済の両輪となっています。

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