櫻井秀勲 第3回 「女性と偉い男性に会う時は、相手の前で時計を見るのは禁物です」

2014年08月20日(水) 島地 勝彦

撮影:立木義浩

第2回はこちらをご覧ください。

シマジ しかし祥伝社はよく櫻井さんのような天才編集者を辞めさせてくれましたね。

櫻井 松本清張から「どうせ櫻井君は書くんだろう。だったら早いほうがいい」といわれていたんです。祥伝社を辞めたのはわたしがちょうど54歳のときでした。四捨五入して50か60かというのはおおきなちがいがあります。ですから54歳の3月に辞表を出したんです。

シマジ 当然引き止められたでしょう。

櫻井 ただ、祥伝社に残ってもわたしは社長にはなれなかった。同期が3人いてわたしがいちばん年下だったんです。だから自分から身を引こうと考えたわけです。それにわたしは社長という立場よりも現場で働くことのほうが好きなんですよ。

シマジ 小学館の相賀社長には報告に行ったんですか?

櫻井 もちろんです。相賀徹夫さんは心配してくれて「小学館、集英社、祥伝社と袂を分かつのではなく、一ツ橋グループで女性情報研究所というようなものを作ってみてはどうか」といってくれました。

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シマジ 相賀さんは櫻井さんの才能を惜しんだんでしょうね。出版社というのは才能で保っているということをいちばんわかっていらした方ですから。

櫻井 それはわかりませんが、嬉しかったですね。わたしを自分の傘下に置いておけば、路頭に迷うようなことはないだろうと思って親心で言ってくれたんでしょう。でもわたしは、そんな甘さを持っていては自分はダメになりかねないと思ったので、どうしても独立してやってみたいという旨をお伝えして、理解していただきました。

立木 そこが櫻井さんとシマジの人間としての違いだね。

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