刑事事案に「司法取引」導入へ
取り調べ可視化と併せ 冤罪引き起こす恐れの指摘も[法制度]

法制審議会の特別部会を終えて記者会見する村木厚子厚生労働省事務次官=東京・霞が関の司法記者クラブで7月9日

司法取引が日本の刑事司法にも導入される。他人の犯罪事実の解明に協力した容疑者や被告を有利に扱う制度だ。大阪地検特捜部検事による証拠改ざん・隠蔽事件(2010年9月発覚)を契機に、取り調べの録音・録画(可視化)の制度化を中心に議論してきた法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」が7月9日、可視化の義務付けなどとともに、司法取引を盛りこんだ要綱案を了承した。「可視化で組織犯罪の全容解明や贈収賄の立件などが難しくなる」とする捜査機関側は有効活用を目指す考えだが、弁護士の中には「冤罪を引き起こす恐れがある」との懸念もくすぶる。

司法取引と聞いて思い出すのは、ドラマや映画でも登場する米国の制度だろう。典型的なのは、被告が法廷で有罪と認める(有罪答弁)などした代わりに、検察側が求刑を軽くするといった便宜を図るものだ。この場合には、公判審理は行われず、量刑手続きに移行する。つまり、手続きを簡素化して、迅速に事件を処理していくという狙いがある。

日本で導入される司法取引は「捜査・公判協力型協議・合意制度」と呼ばれる手続きだ。検察官が容疑者や被告との間で、容疑者や被告が他人の犯罪事実を明らかにする供述などをすることの引き換えに、検察官がその「協力」を考慮して起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりすることで合意できるという制度だ。合意は書面を交わし、弁護人の同意も必要となる。約束違反などがあれば、合意は取り消される。有罪答弁のような制度は含まれていない。

実際の「取引」はさまざまなケースが考えられるが、典型例の一つは、①逮捕された容疑者の弁護人が検察官に対し「担当している容疑者が××という情報を持っている」と持ちかける②検察官が関心を持てば、どんな「協力」が得られるのか弁護人や容疑者から話を聞く③裏付けが取れた④合意書面を交わす――というようなイメージだろう。

今回のタイミングで司法取引導入が決まった背景には、特別部会設置の経緯から明らかなように取り調べの可視化が不可避になったという事情がある。部会の議論では、可視化が捜査にもたらすマイナスの影響を念頭に「証拠収集手段を多様化するため不可欠な手法で組織犯罪などの解明に有効だ」との声があった。

部会の委員で、証拠改ざん事件の舞台となった郵便不正事件で無罪が確定した村木厚子・厚生労働省元局長(現・事務次官)も12年5月の部会で、全事件での可視化を求める一方、「今も取り調べの中でさまざまな『利益誘導』『取引』が事実上行われている。密室で行われるより、ルール化した方がよいのではないか」と、導入に肯定的な見解を示す意見書を出した。だが、「被害者感情などを考えると対象の事件を限定すべき」との意見もあり、最終的に贈収賄や企業犯罪といった財政経済犯罪と薬物・銃器犯罪に絞られた。「罪を軽くできると見越して罪を犯す人も出てくるのでは」と懸念していた犯罪被害者支援に携わる委員も賛同を表明している。

一方で慎重論もある。刑事司法手続きに詳しいベテラン弁護士は「虚偽供述で冤罪が引き起こされる可能性がある」と指摘する。こうした懸念に対し、法務・検察幹部は「協議・合意制度はいわば他人を売って自分の罪を軽くしようというもの。しっかり供述を裏付けする必要がある」と話し、自ずと慎重な運用になるとみる。だが、司法取引によって捜査対象となる側には、取引の経緯は分からない。弁護士は「取引の対象となる犯罪については取り調べの可視化が必要だ」と言う。取引によって供述がどう変化したかを知るためだ。

手続きに警察官が関与するのも特徴だろう。当初は協議も合意も捜査機関側の主体は検察官だった。しかし、多くの事件で警察が1次的な捜査を行うというのも現実だ。そのため、「警察が関与できる仕組みが必要だ」との意見もあり、最終的には、警察官が送付した事件や捜査中の事件については、協議前に検察官と警察官が話し合うことや、協議を警察官にやらせることもできる仕組みになった。警察は当初、「虚偽供述で捜査がかく乱される」と導入に慎重だったが、「供述を得る手段を多様化するのに有効」と評価。警察も関与できることになり、姿勢を転換したとみられている。

だが、ある弁護士は「取引対象の当事者や弁護人がいない中で協議・合意ができるのは、検察官に『公益の代表者』としての機能が期待されているからだ。海外でも警察官が関わる制度は聞いたことがない」と疑問視する。検察OBも「なれ合いの運用になって、本来検察官がやるべき手続きを実質的に警察官が行うことになる可能性がある」と警鐘を鳴らす。

「刑事免責」も盛り込む

司法取引と同時に「刑事免責」も導入される。例えば、法廷で「○○さんの家で殺人の現場を目撃した」と証言した証人が、その時に○○さん宅にいたのは窃盗目的だったというような場合に、その証言などで証人が起訴されたり、有罪にならないようにする制度だ。主に共犯事件が想定され、検察官が必要と判断すれば裁判官に申請する。「ロッキード事件」では、検察側が起訴しないと約束して事情を聴いた贈賄側の米国企業関係者の調書を裁判所に提出。しかし当時の日本に刑事免責はなく、最高裁が1995年、「証拠として使うことは許されない」と判断している。

司法取引は容疑者や被告の「刑を軽くしたい」という心理を利用したものだ。刑事免責も取引ではないものの、実質的には「罪に問わない」との条件で証言を引き出すに等しい、との指摘もある。自分を守るため、都合のいい説明やうその話をする人がいないとも限らない。罪のない人が巻き込まれないよう注意深い運用が求められることは言うまでもない。

特別部会が了承した要綱案は秋の法制審総会の採択を経て、法相に答申される。法務省は来年の通常国会への関連法案提出を目指す。

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