日本には「原子力ムラ」とよく似た「医療ムラ」が存在している---上昌広『医療詐欺』

「先端医療」と「新薬」はまず疑うのが正しい【第1回】

「奨学寄付」はマーケティング費
  
そんな「ヤラセ疑惑」にさらに拍車をかけたのが、「奨学寄付金」でした。

「奨学寄付金」とは製薬会社から大学へ研究費を提供できる制度で、今回のバルサルタンの臨床試験研究というのも、実はすべてノバルティスファーマ社から提供された、この「奨学寄付金」によって実施されたものでした。

大規模臨床試験は、協力をしてくれる対象者(患者)をたくさん集め、データを厳密に管理しなければならないために費用が嵩(かさ)むことから、製薬会社からのサポートがないと実現できないという現実があるのです。

では、いくらのサポートがあったのかというと、慈恵医大や京都府立医大など五大学に対して支払われた総額は11億3,290万円。つまり、データを操作したと疑われている製薬会社というのは、医師たちの“スポンサー様”でもあったというわけです。

このような問題が発覚する以前より、この「奨学寄付金」という制度は問題視されていました。

この莫大なカネを予算として握っているのは製薬会社各社のMR(医薬情報担当者)たち。つまり「薬の営業マン」です。

彼らが医師たちに、「研究に使ってください」と持ちかける。そこで自社の薬にとってポジティブな結果が出れば、バルサルタンのように絶大なプロモーション効果がある。仮にそこまで極端な結果が出なかった場合でも、少なくとも自分が担当している大学の医師は処方してくれるため、業績は上がります。

MRたちのこのような行為には、読売新聞の拡張員が契約をとるため、巨人戦のチケットや洗剤をもっていくのと同じような意味合いがあるのです。

実際に私は過去に某大手製薬会社のMRからこんなことを言われたことがあります。
  
「奨学寄付金というのは薬のマーケティング費ですから」
  
いわば薬を売るための販促ツールだというのです。

いくら何でも「11億」という販促費は法外ではないかと思われるかもしれませんが、日本の医薬品市場規模は約9.3兆円(2011年)で全世界の11.7%を占め、アメリカに次いで世界第2位。その巨大市場のなかで、バルサルタンの売り上げは1,000億円以上。一般商品のように、テレビCMなどで大々的にプロモーションができないことを考えれば、11億円など安いものでしょう。
  
キモを製薬会社に握られる
  
このような「奨学寄付金」というマーケティング費によっておこなわれる臨床試験ですが、製薬会社に依存しているのはそれだけではありません。実は「人」の面でも、彼らの協力なしに医師は臨床試験論文をつくることができないのです。

世界的医学誌「ランセット」にデータ操作された疑いのある論文が掲載された慈恵医大の学内調査結果の報告書には、臨床試験責任者の望月正武(もちづき・せいぶ)教授(当時)以下、研究にかかわった多数の医師たちが、

「自分達には、データ解析の知識も能力もなく、自分等がデータ解析を行ったことはない」

という証言が載せられています。つまり、統計解析という臨床試験のキモの部分を、初めから製薬会社の社員に"丸投げ"をしていたということです。

なぜか。

それは、日本の大学病院には臨床試験に欠かせない統計解析のプロがいないからです。

今回、データ操作したといわれるノバルティスファーマ社員は、統計解析の専門家として大阪市立大学の講師も務めている、いわば“プロ”でした。臨床試験のカネだけではなく、研究を支えてくれる"プロ"まで派遣をしてくれる。

もしあなたが臨床試験をすすめなくてはいけない立場の医師だったら、そんな手厚いサポートをしてくれる製薬会社について、どんな印象を抱くでしょうか。ありがたくて仕方がない、という感じではないでしょうか。