賢者の知恵
2014年08月15日(金)

呉智英 × 適菜収 【第3回】
「国民主権というフィクションはなぜ生まれたのか」

『愚民文明の暴走』(講談社刊)第一章より抜粋

upperline

【第2回】はこちらをご覧ください。

道徳の扱い方

 俺は三田のように、連合赤軍事件を若者のライト感覚として捉えるのは全面的に反対なのね。あれは近代の病理が絡んでいる。

ドストエフスキーが『悪霊』でとりあげた左翼の内ゲバ事件やフランス革命におけるロベスピエールの事件がある。ロべスピエールは潔癖で真面目な人であるがゆえに、同時代の理念を純粋に捉えて破滅に向かう。それを支えた大衆のメンタリティーもある。そこを適菜君に聞きたいんだよ。

適菜 革命に付随する大衆の精神の問題ですね。後ほどまとめて述べますが、潔癖で真面目であることこそが、大量殺戮とテロリズムにつながった。

 三島が1970年に書いた「のっぺりした、物質主義」というのはオルテガの思想に近いね。俺の関心は「徳」にある。徳を保証するものとして近代以前は形而上学があった。カントの場合、形而上学を否定して『純粋理性批判』を書いているんだけれども、最後の数ページで形而上学に戻ってくる。仲違いした恋人とよりを戻すように、われわれはもう一度、形而上学に帰ってくると。つまり、形而上学の根拠がなくても、自分の意志として「徳」を選択しなくてはならない。そこで、選択や決断という精神の問題が出てくる。

適菜 ニーチェの話で言えば、徳は根本的には自己肯定の感情だったということです。生命力に溢れた者が自分たちの美質を規定するときの言葉が「徳」だった。しかし、その徳がユダヤ‐キリスト教により転倒され、生を誹謗するものが「徳」とされるようになったというのがニーチェの見取り図ですね。

「ニーチェは道徳を破壊した」などと変なことを言う人が結構いますが、まったく逆です。ニーチェは「道徳が破壊されたこと」を批判しているんですよ。ニーチェ関連の本を書いている作家や大学教授でも勘違いしている人がいるので困るのですが。

ニーチェは道徳一般ではなくてキリスト教道徳を批判したんです。これは善悪の問題とも絡んでいて、自分たちを攻めてくる強い敵は「道徳的に悪」であり、非力な自分たちは「道徳的に善」であると発想をひっくりかえしたわけです。ニーチェはこれを「ユダヤ的価値転換」と呼んでいます。

【フョードル・ドストエフスキー(1821~1881)】
ロシヤの小説家、思想家。1846年に処女作『貧しき人々』を発表し、以後『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』などの名作を送り出す。人間の心の深奥に迫る哲学的な作品で、後の文学に多大な影響を与えた。

【ホセ・オルテガ・イ・ガセト(1883年~1955)】
スペインの哲学者。「現代社会では大衆が社会的権力の座につき、凡俗な人間が権利を押し通そうとしている」と批評した。著書に『大衆の反逆』など。

【形而上学】
神や霊魂など物理的な世界を超えた存在、世界の根本原理と考えられるものの根拠を考究する学問。「第一哲学」や「神学」とも呼ばれる。

【イマヌエル・カント(1724~1804)】
ドイツの哲学者、思想家。認識論において理性の欺瞞、認識の新たな成立根拠を示し(コペルニクス的転回)、近代哲学の祖とも呼ばれる。著書に『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』など。
愚民文明の暴走』
著者=呉智英/適菜収
講談社 / 定価1,404円(税込み)

◎内容紹介◎

「民意」という名の価値観のブレそのままに、偽善、偽装、偽造が根深くはびこる現代ニッポンはこれからどこへ向かおうとしているのか? いったいいまの世の中において正しい考え方とは何なのか? 民主主義・人権主義の偽善について警鐘ならしつづけてきた評論家・呉智英と、「B層」をキーワードに、大衆社会の落とし穴を指摘し続けている気鋭の哲学者・適菜収が、現代ニッポンの「病の姿」を赤裸々にあばき、その解決法について徹底的に論じ尽くす。

⇒本を購入する AMAZONはこちら / 楽天ブックスはこちら
次ページ 呉 俺がカントを持ち出した理由…
1 2 3 4 5 6 次へ

このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS
関連記事


underline
アクセスランキング
1時間
24時間
トレンドウォッチ
編集部お薦め記事