『辻静雄』を知っていますか?

レビュー:仲野 徹

二昔以上も前に世話になったおじさんに逢った。このムックを書店で見かけた時、そんな気がした。いまは亡き辻静雄の名前、どれくらいの人が知っているのだろう。『辻調理師学校(現・辻調理師専門学校)』の創始者、といっても、地元大阪ではいざしらず、全国的にはどんなものなんだろう。

グルメという言葉が根付いた頃、後に直木賞を受賞する海老沢泰久が書いた『美味礼賛』を読んだ。辻が亡くなる少し前に出版された本だ。面白かった。フランス料理などろくに食べたこともなかったのに、本物のフランス料理を日本に持ち込んだ辻の人生は抜群に面白かった。

読売新聞大阪本社の社会部記者であった辻は、『割烹学校』を開いていた岳父に薦められ、フランス料理を学ぶ。といっても、自分で作るわけではない。仏文出身であった辻は、文献を渉猟し、フランスへ渡り、本物を食べ歩く。そして帰国。辻調理師学校を創設する。

辻の活躍はきわめて多岐にわたるので、ひとことで言い表すのは難しい。食の文化人類学者として名高い石毛直道がいうように『料理とそれを食べる人々の文化の関係を考える』という意味においてのガストロノミー界の巨人、というのがいちばんしっくりくるのかもしれない。(これについての石毛の講演内容はこちら

そういう基礎知識をもってこのムックを眺めると、辻をめぐるエッセイの執筆陣が、大岡信、開高健、阿川弘之、中村紘子などと超豪華であることがわかろうというものだ。あの口うるさい丸谷才一が『辻静雄を現代日本人の代表と考へてゐる』とまで書ききっていることも。