完全食品ソイレントが突きつけるもの

そこで次は、ケール(キャベツの仲間で、青汁などの素材となる)で食いつなごうとしました。ケールは健康食品としてアメリカでも大流行しており、しかも値段も安いのです。でもケールだけではお腹がすいてたまらず、挫折。かといって自炊すれば、台所がとっ散らかってやってられない・・・。

そこでラインハートは考えました。人体には、実のところ、何が必要なんだろう? 人間を「歩く化学反応」と考えたとき、そのシステムを機能させるために、本当に必要なものはなんだろう?

「食」をエンジニアリングの観点から捉えてみようと考えたラインハートは、栄養生化学の教科書を読み、食品医薬品局(FDA)や、米国農務省、米国医学研究所などのサイトで勉強しました。そして、人間に必要だとされる化学成分を、そこらの薬局でピルやタブレットとして買うのではなく、原料となる化学物質を取り寄せ、試行錯誤の末、液状完全食品ソイレントに到達したのです。

ここまでの話を読んだところでは、「それで?」と思いますよね。思いません? わたしはそう思いました。いまどき栄養食品とか機能性食品とか言われているものは、それこそゴマンとありますからね。ところが驚くことに、投資家たちがこのソイレントにただならぬ関心を払っているのです。

ラインハートと友人たちが、ソイレントを製品化するための資金を調達しようと、クラウドファウンディングのキャンペーンを行ったところ、当初設定した「1ヵ月で10万ドル」という目標額が、なんと、キャンペーン開始後わずか二時間で達成されてしまったのだそうです。そればかりか、先述のインキュベーター「Yコンビネータ」や、「アンドレーセン・ホロヴィッツ」(Twitterに投資したことでも知られる、今、もっとも影響力のあるベンチャーキャピタルのひとつ)をはじめとして、多くのベンチャーキャピタルが、ソイレントに投資し始めているというのです。ちなみにアンドレセーン・ホロヴィッツの投資額は100万ドルだそうです(それがどういう金額なのか、わたしにはピンとこないのですが^^;)

いったい投資家たちは、ソイレントのどこに有望さを感じているのでしょうか? ラインハートは、オープンソースの精神に則って、ソイレントのレシピをさっさとWeb上に公開しちゃってます。コカコーラの真逆をいく戦略ですよね。レシピを公開しちゃって、どうやって商売をしようというのでしょう?

ところが、素人考えでは「ダメじゃん!」と思うようなレシピ公開も、ソイレントの画期的マーケティング戦略だと評価されているみたいなんです。公開されたレシピをもとに、DIYで「マイ・ソイレント」を作ろうとすると人たちが増えれば、社会的認知も広がり、さらにソイレントが売れるはず、ということみたいです(大雑把に言うと、ですが)。

本当に「完全食品」なのか? という点について言えば、医者は異口同音に、ソイレントだけで生きられるというのは、確かにその通りかもしれないが、人がより良い状態で生きるためには、ファイトケミカル(特定の病気を予防するといわれる植物由来の化合物)が必要だ、と警鐘を鳴らしているようです。たとえば、トマトの赤色色素であるリコピンもファイトケミカルのひとつです。リコピンは、疫学調査では、前立腺がんの発生を抑える効果がありそうだということになっているようです。また、ブルーベリーの色素であるフラボノイドは、摂取すると糖尿病の発症が抑えられると言われているみたいですね。

ラインハートも、ソイレントを開発するにあたり、ファイトケミカルを添加するかどうか考えたそうです。彼は何十もの研究論文を読んでみましたが、論文の結果が互いに矛盾していたりして、十分なエビデンスがあるとは思えなかったというのです。今の時点でファイトケミカルをソイレントに加えるのは資源の無駄遣いだ、というのが彼の判断でした。「そもそも人類の歴史の中で、どれだけの人がトマトやブロッコリーを食べたでしょうか?」とラインハート。

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