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メール一本で、みんなにさようなら そのための準備と注意を教えます【第2回】確かにこれは遺された家族、友人にとってもいいかも もらったほうも「あなたらしい最期」と歓迎

簡潔さがポイントとなるメールでの最期の挨拶。いかにも略儀という印象があるかもしれないが、受け取った人々には意外と好評だ。

さいたま市在住の塩谷春江さん(仮名・78歳)は故郷の和歌山県在住だった幼馴染みからもらったメールが忘れられないという。

「数年前の夏、和歌山にいる弟が入院して、数十年ぶりに故郷に帰ったとき、まだ近所に住んでいた幼馴染みの香代子ちゃんと再会したんです。近頃どうしているかと話をしていたら、ふたりとも最近、携帯電話でメールができるようになったと分かった。それで、息子に頼んで、お互いのアドレスをお互いの携帯に登録してもらったんです。

そうしたら翌年の秋、こんなメールが届きました」

〈和歌山の**です。実は母香代子が一昨日、肺炎で他界いたしました。生前、母が携帯に残していたメールがありましたので、以下お送り申し上げます。

「はるちゃん 去年あえてよかった わたしは具合がわるくて もうあえないような気がします はるちゃんとはなれたあとも わたしはたくさん幸せなことがありました でも はるちゃんと一緒のころ いちばん幸せだったと思います いちばん思い出します ありがとう」〉

病室ではなかなか、便箋や筆記具への女性らしい気配りもできなかっただろうと、塩谷さんは話す。

「最期の手紙だからと気負ってしまったら、なかなか書けないと思いますよ。メールは子供の頃の香代子ちゃんそのままの、素直な文章でしたけど、最期に気持ちを伝えてくれて、本当にうれしかったです」

日本人らしい配慮が伝わる

東京・練馬区在住の白石啓二さん(仮名・65歳)は長野の地銀に勤めていた兄が脳卒中で急逝したのち、こんなメールを受け取った。

〈一斉送信にて失礼します。このメールは私に万が一のことがあったとき、送信してくれるよう家族に頼んでおいたものです。

自分で書くのも奇妙ですが、お察しのように、私はこの世の者ではなくなりました。生前のさまざまなご指導・ご鞭撻に、あらためて深く感謝申し上げます。

このメールが送信されるということは、私が不用意に他界したということですので、仕事にプライベートに、ご迷惑、不義理をおかけした方もおられるかもしれません。本当に申し訳ありません。