マオナガの魚拓と筆者

サメへの愛と情熱が発揮できる最高のアクティビティ、カラー魚拓!

沼口麻子「サメに恋して」第6回

焼津に水揚げされた「マオナガ」

早朝のラジオ局へ向かう道すがら、携帯に一通のメールが届いた。受信ボックスを開いてみると、愛くるしいサメの写真。その魅力的な極端に長い尾びれから、オナガザメの仲間であることは一目瞭然だった。

送り主は静岡県焼津(やいづ)市の深海ザメ漁師のカズさん。知り合いの船が今朝方に水揚げしたということで、種名を確認したいという内容だった。焼津ではあまり水揚げされないサメだという。

オナガザメの仲間は世界中に3種類しかいない。私は小笠原諸島父島でサメの研究をしていたときに、小笠原式縦縄漁法にて漁獲されたハチワレとニタリというオナガザメの仲間を解剖したことがある。しかし、この写真のサメはそのいずれとも違うようだ。

断定するには現地での正確な種査定が必要となるが、写真で見る限り、これは私がまだ出会ったことのない「マオナガ」だった。

マオナガは小笠原でもあまり漁獲されないサメだが、オナガザメの仲間の中で一番美味しいサメだと小笠原の漁師さんが言っていたことを思い出した。

私はマオナガの実物を見てみたいし、更にステーキにして食べてみたいとも思い、漁師のカズさんにこのマオナガの行く先を尋ねてみた。すると、これから冷凍して魚拓の専門家へ受け渡すことが決まっているとのこと。そんな残念な返答をいただいたものの、ラジオ番組の生放送の間中、私のマオナガへの気持ちは募るばかりであった。

魚拓の専門家山本龍香さんとの出会い

次の日の出来事だった。

山本龍香さんという男性の方からFacebookメッセージが入った。初めましてのメッセージには、アメリカでホホジロザメ、希少種、更にはサメの卵などをカラー魚拓にとられており、サメが大好きなので、サメを介して交流がしたいという内容が書かれていた。

もしかして、カズさんが言っていた、マオナガを受け渡す魚拓の専門家かもしれない。そう思い、問いかけてみたところ、焼津へマオナガの魚拓をとりにく予定があるという。初めてメッセージを交わしたわずか数分後に、まだお会いしていない山本さんと焼津へ同行することが決まった。

それまでの人生において私は、魚拓には無縁だった。魚拓と言えば、黒い墨を魚に塗り付けて半紙へ写し取るという作業が、釣り人が釣果記録のためにするものという認識しかなく、釣りを趣味としない私にとってさほど興味をひくものではなかったのだ。

マオナガのカラー魚拓開催の当日、私は自宅のある清水から車を走らせ、山本さんの指定した焼津小川(こがわ)港へ向かった。カラー魚拓というのは一体どのようにして作るのか、はっきりとはわからなかったが、マオナガに会えると思うと心が高鳴った。

1時間ほどで焼津に到着し、指定の場所を訪れてみて、目を疑った。マオナガが横たえられていたその場所は、漁港の一角でありながらも、カラー魚拓の本格的なスタジオが設営されていたのだ。また、壁に飾ってある美しい作品はいずれも、山本さんが作られた焼津の魚で打ったカラー魚拓だそうで、そのカラフルさ、芸術性の高さに思わず息を飲んだ。

カラー魚拓のスタジオ

とびっきりの笑顔で出迎えてくれたのは、インターナショナル魚拓香房会長の山本龍香さん。40年前にカラー魚拓の素晴らしさに目覚めてから、インクを開発・製造するところからこだわり、徹底した独自の手法で魚拓を作成されている。

生徒さんは国内外問わず、世界中に数千人。テレビ、新聞などメディアにも引っ張りだこなのは、カラー魚拓の高い技術力に加え、誰からも愛される好奇心旺盛で魅力的なキャラクターだからだろう。

魚拓について乏しい知識しかない私に、山本さんは丁寧に説明してくれた。

「小学生のとき、わら半紙の下に10円玉をいれて鉛筆でこすって、コインの模様を映し出したことがあるでしょう。簡単に言えば、カラー魚拓とはそれと同じ原理なのです」

魚拓には大きく2種類あるという。ひとつは、直接法。もう一つが間接法だ。私が知っている魚に墨を塗って半紙を直接被せて魚拓をとるのは前者であるが、カラー魚拓は後者になる。

サメに布を被せて、その上からたんぽという綿を丸めたものでインクを載せていくのだ。間接法でできた魚拓は単なる記録ではなく、フィッシュアートという芸術作品なのだという。

新生・ブルーバックス誕生!