読書人の雑誌『本』
『怪談四代記 八雲のいたずら』著・小泉凡(小泉八雲記念館顧問)---怪談を受け継ぐ家─小泉八雲没後110年に寄せて
怪談四代記 八雲のいたずら』著:小泉凡 税抜価格:1600円 ⇒Amazonはこちら

『怪談』という本が世に出てから、今年は110年目にあたる。原題は『KWAIDAN』。ボストンとニューヨークのホウトン・ミフリン社から1904年4月に刊行され、その5ヵ月後に著者は他界している。最初2000部刷られたが、1ヵ月で増刷され、最終的には11刷に達した。まずまずの売れ行きだ。なぜ、〝K〟と〝A〟の間に〝W〟が入ったかといえば、著者の妻・小泉セツが「か」と「くゎ」を区別する古い日本語の発音を保持した出雲弁の喋り手だったからだ。

ご存知のように、『怪談』の著者はギリシャ生まれのアイルランド人(英国籍)のラフカディオ・ハーンで、40歳の時、英語教師をしていた松江で士族の娘・小泉セツと出会い、その5年後に正式に結婚し日本に帰化。小泉八雲と名乗った。

セツは子どもの頃から大人をみつけると「お話してごしない(お話してちょうだい)」とせがむほどの物語好きで、夫の再話文学の大半のネタを語りで提供することができた。八雲は、そんなセツを「世界で一番よきママさん」と愛おしんだ。時折、セツが「女子大学でも卒業した学問のある女だったら、もっともっとお役に立つでしょうに・・・・・・」と呟くと、八雲はセツの手をとって自分の著書が並んでいる書棚の前に連れて行き、こう言った。

「誰のお陰で生まれましたの本ですか? 学問のある女ならば幽霊の話、お化けの話、前世の話、皆馬鹿らしいものといって嘲笑うでしょう」

八雲は超自然の物語には、一面の真理(truth)がある。その真理に対する人間の関心は、100年後も変わることはないだろうと予言した。じっさい、八雲が再話した日本の不思議な物語は、後に多くの言語に翻訳されている。一般には馴染みの少ない、ギリシャ語、トルコ語、ポーランド語、イヌイット語などにもなっている。

2011年に松江の小泉八雲記念館で「小泉八雲のKWAIDAN―怪談―展 翻訳本と映画の世界」を開催したところ、さして入館者は増えなかったが、邦訳の『怪談』だけで1ヵ月に23万円も売り上げがあって、それは記念館に納品している地元書店を何より驚かせ、喜ばせる出来事だった。八雲が言うように、怪談には人の世の普遍的なメッセージが込められていて、それが時空を超えて人々の心を動かすということなのかもしれない。

たとえば、八雲は松江の大雄寺に伝わる「子育て幽霊」という怪談にいたく感動した。それは、身ごもったまま墓に葬られた母の亡霊が、夜ごと、近くの飴屋に姿を現し、1厘分の水飴を買って帰り、墓中で子育てをする。後をつけてきた飴屋の主人によって墓の中の子どもが発見されるという全国にも類話の多い怪談だ。八雲はここに、「母の愛は死よりも強い」という啓示を見出し、4歳で生き別れたギリシャ人の母ローザへの愛惜の思いを重ねた。

怪談は「宝物」だという八雲の心情は、その後の小泉家でも大切に受け止められた。私の祖父・一雄(八雲の長男)は、高校の教師時代には怪談の語りで生徒の心をつかんでいた。また、彼が骨董屋で衝動買いした如意輪観音像がいわくつきで、その呪縛とも思われる不可思議な出来事が身辺に立て続けに起きたこともあった。

私が子どもの頃、首をかしげて頬杖をつく癖があり、一雄はあの如意輪観音のことを再び思い出したという。一方、父・時は、戦時中の遠洋航海でアメリカの潜水艦に撃沈されるが、「鷺」という日本の水雷艇に助けられ九死に一生を得た。「鷺」は小泉家の家紋で、アイルランドのハーン家の紋章でもある。

怪談四代記 八雲のいたずら』は、没後110年を経てなおも小泉家に伝わり、紡がれるそんな不思議な話を綴ったエッセー集だ。2013年7月に松江歴史館で行った「松江怪談談義」という催しが執筆のきっかけとなった。現代怪談の旗手、木原浩勝さんと対談をする中で、八雲が子孫たちに伝えた物語や人智を超えた縁の仕業としか思えぬエピソード、私自身が八雲のいたずら(怪異)と感じた不思議な邂逅の記憶などが次々と蘇ってきた。木原さんの励ましで形にすることができた。

ご縁を大事にし、人間世界で世が完結するとは思わなかった八雲の価値観は、今もわが家に受け継がれている。

(こいずみ・ぼん 島根県立大学短期大学部教授、小泉八雲記念館顧問)
講談社 読書人「本」2014年8月号より


110年ぶりの新刊! 小泉八雲の曾孫が語り尽くす、八雲没後も一族に伝わる「怪談」、そして子孫の目の前で起きる「怪異」!

1904年、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が「耳なし芳一のはなし」「雪女」などを収録した怪奇文学作品集『怪談(KWAIDAN)』を発表。それから110年、曾孫(ひまご)や玄孫(やしゃご)の時代になった現在の小泉家でも、いろいろな怪談が語り継がれ、そして不可思議な出来事が多発するという。
「カラスの因縁」「如意輪観音の呪い」「三途の川」「仏壇」など、あまり活字として出てこなかった小泉家の怪談や、親族ならではの考察を交えた小泉家の評伝・エピソードの全てがこの一冊に。
八雲の曾孫で民俗学者・小泉凡が、怪談を愛する現代人、そして曾祖父におくる怪談逸話集。まさに110年ぶりの新刊!

◆著者紹介
小泉 凡(こいずみ・ぼん)

1961年、小泉八雲の孫・時の長男として東京で生まれる。成城大学大学院文学研究科日本常民文科専攻博士課程前期修了。専攻は民俗学。島根県立大学短期大学部教授、小泉八雲記念館顧問、焼津小泉八雲記念館名誉館長。現在は島根県松江市在住。