野球
二宮清純「ギャレット捕手、古葉監督の大胆采配」

 日本のオールスターゲーム史上、1試合3本塁打を記録した選手はエイドリアン・ギャレットさん(元広島)と掛布雅之さん(元阪神)の2人だけです。1978年の第1戦、ギャレットさんが地元の広島市民球場で、この記録をつくると、第3戦、後楽園球場で掛布さんが続きました。掛布さんは3打席連続というオマケつきでした。

狙いは打線強化

 今回はギャレットさんについて語りたいと思います。ギャレットさんはメジャーリーグの球団をいくつか渡り歩いたものの、パッとした成績は残していません。メジャーリーグでの通算本塁打は、わずかに11本です。

 広島には内野手兼外野手として1977年に入団し、この年、35本塁打をマークします。翌78年には40本、79年には27本と強打ぶりを発揮しました。一方で三振も多く77年、78年と2年連続で100の大台に乗せ、78年はリーグワースト(104個)でした。もうひとりの外国人ジム・ライトルさんと比べると確実性に欠ける印象がありました。

 持ち前の長打力以上に印象に残っているのがキャッチャーとして公式戦で起用されたことです。調べてみると3年間で12試合も出場しています。今もそうですが、外国人キャッチャーは珍しく、コミュニケーション面などで彼がマスクをかぶることに対しては不安視する声も少なくありませんでした。

78歳の今も、東京国際大の監督として指揮を執る古葉。

 それを断行したのが古葉竹識監督です。いったい、どういう狙いがあったのでしょう。
「向こう(アメリカ)でキャッチャーの経験もあると聞いていたものですから、実はキャンプからテストしていたんです。正直言って、キャッチングやスローイングの技術はお世辞にも上手とは言えませんでした。肩も悪くないのですが、捕ってから投げるまでの動作が大きい。普段は外野手をやっているわけですから、そこまで求めることはできませんが……。

 彼にキャッチャーをやらせた一番の狙いは打線を強化して相手ピッチャーにプレッシャーをかけることでした。当時、カープには水沼四郎、道原博幸と2人、レギュラークラスのキャッチャーがいたのですが、ともにバッティングがよくない。よく“キャッチャーは守りだけでいい”なんて言う人がいますが、決してそんなことはありません。打つ方でも貢献してくれないと、相手ピッチャーを楽にさせるだけです。その意味では水沼や道原を発奮させる狙いもありましたね」