読書人の雑誌『本』
『哀しすぎるぞ、ロッパ』著・山本一生(近代史研究家、競馬史研究家)---アダヨとロッパ

「アダヨって、聞いたことない?」

そういう質問を、誰彼となく繰り返していたことがあった。答えはいつも同じだった。

「アダヨ? なにそれ、どこに出てくる?」
「古川ロッパの日記。タカリみたいな意味だけど」
「ふ~ん、アダヨねえ、知らないなあ」

昭和十年代に「東宝のドル箱」といわれ、最も人気を集めた喜劇役者、古川ロッパは、造語の名人でもあった。

初めて大勢の観客の前で得意の物真似を披露したときには、それを「声帯模写」と名付けたし、初めて映画雑誌を編集したときには、文壇人に対して「映画人」なる言葉を編み出した。さらには、男の引き際を意味する「男の花道」なども、長谷川一夫と共演した映画の題名からとられていて、これまたロッパの造語とされている。

会話となるといっそう多彩で、つまらないのを「ツン」、わからないのを「ワンカ」、精神的に疲れるのを「クサル」、恋人愛人情婦を「ホヨ」、女を口説くことを「粉をかける」、用便が「雲水」など、いわゆるロッパ語と呼ばれる言葉を吐き続けた。ちなみに「雲水」は、「ウン」と「スイ」から思いついたという。

数多くあるロッパ語のなかで最も興味深いものといえば、やはり「アダヨ」だろう。ロッパの日記にしばしば出てくる言葉で、なによりその妖しい響きは忘れがたい。

「今日、元日のアダヨの仲直り手打をするから云々で、又もや部屋で十円いかれた」(昭和九年一月七日)
「又々変なアダヨ部屋へ来り、くさる」(同年九月七日)

浅草で「笑の王国」に出演していた頃の日記で、おそらくは金銭をたかる輩を指している。もっとも、言葉は時間とともに変化するもので、戦後になると新たな意味も加わる。

「分らない男なり。世の中の男皆アダヨと思へばいゝか」(昭和二十二年五月八日)

人気作家の川口松太郎について述べた一節なので、タカリのはずはなく、いまひとつ意味ははっきりしない。日記読みとしては放ってもおけず、きっと語源を知らないからだと考え、相手構わず「アダヨ」について尋ねまわったのだった。