第87回 パブロ・ピカソ(その二)美しく独創的だが、怠惰で掃除もしない。作風を変えさせた最初の恋人とは---

ピカソが住んだモンマルトルのラヴィニヤン通り十三番地。この界隈は、かつてルノアールや演劇プロデューサーのポール・フォールなども住んでいた、少し洒落た場所だった。

ピカソはアトリエで二匹の犬を飼っていた。
一匹は、バルセロナから連れてきた小さなフォックステリアで、もう一匹は雑種だった。その上、白いハツカネズミを引出しの中で飼っていたので、動物独特の悪臭が漂っていたが、ピカソは頓着する事はなかった。
しかもアトリエは、冬は凍りつくように寒く、夏は暑かった。
ピカソは、ドアを開け、裸になって腰布を巻いてイーゼルに向かい、廊下を通る人たちに制作中の作品と自分自身の肉体を披露してみせた。
その上、自分の筋力を買いかぶっていたピカソは、ボクシングをはじめた。
しかし、練習を数ラウンドやってみて、ボクシングの才能はまったくない事を、認識せざるをえなかった。

ピカソの作品は、依然として青の時代にとどまっていたが、フェルナンド・オリヴィエとの邂逅によって、大きな変化を迎える事になった。

フェルナンドは、一八八一年六月六日、パリに生まれた。
本名をフェルナンド・ベルヴァレといい、両親はユダヤ人だった。
鳥の羽や造花のついた帽子を作る仕事をしていた。

フェルナンドは、十七歳の時、店員のポール・エミール・ペルシュロンと深い関係をもち、男の子をもうけた。
二人は、その子が五ヵ月になった時に結婚したが、まもなくペルシュロンは子供をつれて蒸発してしまった。

その後、フェルナンドは、彫刻家のガストン・ド・ラボームと結婚した。
フェルナンドが、自らの人生をやり直すうえで信条としたのは、けして子供を作らない事と、店員と結婚しないことだった。
「よきにつけ悪しきにつけ、フェルナンドについてはすべてが生得のものだ」と、後述するガートルード・スタインは云っていたという。

たしかにフェルナンドは美しく、頭もよく、独創的だった。
にもかかわらず、はてしなく怠惰で、掃除などした事はなかった。
ピカソは、フェルナンドと暮らすことに耐えがたい不安を感じると共に、彼女がいつも自分の傍にいることを強く望んでいた。運命を信じ、素直にうけとめようと努力した。
料理は任せたが、部屋を掃除してもらいたいとも、床をふいてもらいたいとも云わなかった。

豊かな優しさと愛情がモチーフにほとばしっていた

ピカソが、フェルナンドに求めたのは、生活を共にすることだけだった。
買い物に出かけることは御法度になった。
「度を越した嫉妬心から、ピカソは私に世捨て人のような生活をさせた」と、フェルナンドは、語っている。

「でも、ソファに坐ってお茶を飲んだり、本を読んだりしているだけで、たいした家事もせずにすんで本当に幸せだった。何を隠そう、わたしは大変な怠け者だったのだ」