"日常"への道のり遠く---続く仮設住宅での暮らし

震災後の新たなコミュニティでの生活

2011年5月、一面瓦礫と泥に埋め尽くされ、見渡す限り灰色に覆われていた陸前高田の街に、新しい緑が芽吹き始めようとしていた。少し温かくなった風が、瓦礫の割れ目からそっと顔を出すたんぽぽの葉の間を優しくそよいでいく。住む場所を失い、2ヶ月近く避難所暮らしを続けてきた人々にも大きな変化が訪れた。震災後の新たなコミュニティー、「仮設住宅」での新たな生活が始まったのだ。

人口2万人強だった小さな市の中に、2000戸を超える仮設住宅が建設された。十世帯未満の小さな集落から、170世帯近い大所帯のものまでその規模は様々だ。海に面した平地が壊滅的な被害を受けたこの街にとって、仮設住宅を建設する土地の確保は最初の難題だった。新たに山を切り崩し、土地をならすだけの猶予はない。その代替地のひとつとして白羽の矢が立ったのは学校の校庭だった。生活における立地条件を満たしている上に規模が大きい。波を被った2校を除き、被災を免れた学校の校庭全てに仮設住宅が建てられた。

2013年6月、仮設住宅を退去する人々も徐々に増えてきた。いずれここも明け渡す日が来る。その前に残しておきたいと、入居者で集合写真を撮影した。

5月3日、米崎小学校の校庭に建てられた仮設住宅での最初の入居が始まった。全世帯数は60世帯、入居者数は183人。避難所となっていた体育館で寝起きする生活から、ようやく自身の空間を取り戻す第一歩を踏み出したのだ。

「でもこの校庭は本来、子どもたちが遊びまわるための場所です。早く子どもたちのために返してあげなければ、そんな決意を胸に入居したのを今でも覚えています」

そう語るのは仮設住宅自治会長を務める佐藤一男さん(48)。佐藤さんの3人の子どものうち、上の2人の娘たちがこの校庭の自宅から小学校に通っている。

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