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「内閣人事局」による官邸主導の初人事が霞が関の抵抗に合わなかった理由
霞が関の人事改革は無難なスタートを切った                                        photo Getty Images

「安倍晋三首相は公務員制度改革に後ろ向きだ」――。昨年来、かつて第1次安倍内閣で国家公務員制度改革を支えた改革派官僚やそのOBたちは、首相の姿勢を批判してきた。

「内閣人事局」による初めての人事を閣議決定

昨年秋の臨時国会で成立した公務員制度改革関連法では、幹部公務員の人事を扱う内閣人事局の創設を決めたものの、これまでの人事院などの機能を残しており、内閣人事局はお飾りに過ぎないと見られたのだ。また、幹部公務員を降格することが事実上できないため、逆に抜擢人事も不可能で、政治主導の人事などできるはずはない、と見切ったのである。

7月4日、安倍内閣は霞が関の幹部人事を閣議決定した。昨年の法律に基づいて5月30日に設置された「内閣人事局」による初めての人事である。では、この人事は今までどおりで、制度改革の効果は無かったのかというとそうではない。安倍首相は見事に予想を裏切ってみせたのだ。

内閣人事局の設置でも大番狂わせが起きた。初代人事局長に加藤勝信・衆議院議員を抜擢したのである。人事局長については3人いる官房副長官から選ぶことになっていた。官房副長官は衆議院議員と参議院議員から各1人(政務)、官僚出身者から1人(事務)が就任することになっているが、人事局長は官僚出身の事務の副長官が務めるとみられていた。

「人事局ができても今までと変わらない」という批判は、この人事を前提に生じていた。逆に、官僚の人事に政治が口をはさむことを問題視する反対派が、渋々ながら関連法の成立を許したのも、人事局は官僚トップに任せるという想定があったからに他ならない。そんな両者の期待を安倍首相は見事に裏切ってみせたのである。