週刊現代
魚住昭・連載第八十七回「歴史は繰り返す」と言いたくない
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6月21日の朝日新聞朝刊を読んでいてハッとするくだりに出くわした。自民党が突然<ルール違反をした国を複数の国で制裁する集団安全保障>を認めるよう提案した背景を解説する記事だった。

もともと安保法制懇(首相の私的諮問機関)は集団安全保障への参加を提言していた。安倍首相は5月の記者会見ではそれをはっきり否定し、そうした「考え方は採用できない」と強調していた。
その舌の根も乾かぬうちの方針転換だ。舞台裏で何があったのか。誰もが知りたいところである。

朝日は集団的自衛権に加えて集団安全保障まで認めるかどうかは<政府・自民内でも意見が分かれたほどの問題だ>と書いている。
集団安全保障はルールを守らない国を叩く行為で、攻撃的な性格を持つ。一方の集団的自衛権はあくまで「守る」のが目的で、同じ武力行使でもまるで次元が異なる。政府・自民内でも積極派と慎重派の激しい応酬があったという。

結局は積極派が優勢になったのだが、私がいちばん注目したのは、そうなった要因の分析である。朝日は積極派の考え方を<後押ししたのは外務省だ、との見方が強い>として、こうつづけている。

<官邸幹部によると、外務省関係者が再三にわたり、安倍首相や自民幹部に対し、集団安全保障での武力行使を可能にするように働きかけていた。外務省からすれば自衛隊を「外交カード」に使う選択肢が広がるからだ>

図星だろう。憲法九条の制約を外して外務省が自衛隊を外交カードに使う。軍事力で相手国を脅して日本が望む資源や権益や国際的地位を手に入れる。それが解釈改憲の本当の狙いだからである。

いま世間で盛んに語られるのはこれと違う考え方だ。解釈改憲の反対派は「米国の戦争に巻き込まれる」と言い、賛成派は「日米同盟を強化しないと、北朝鮮や中国の脅威に対抗できない」と語る。
私に言わせると、反対論も賛成論も日本の軍事力や思惑を過小評価した対米従属論(日本を米国の属国と見なす考え方)に依拠している。果たして、それで今の安倍政権がやろうとしていることを正確に理解できるだろうか。

たとえば同じ朝日の紙面にこんな記述がある。集団的自衛権で守る対象を政府原案は「他国」としている。これには<政府・自民側は同盟国の米国に限定せず、将来は韓国やオーストラリア、フィリピンやインドなどにも対象を広げる思惑があるとみられる>という。
これも図星だと思う。首相や外務省の腹の底にあるのは、米国の利害を離れたところでも自由に軍事力を行使できる自衛隊のイメージだ。当面は日米同盟を最重視するだろうが、視界の先にあるのは自立した軍事強国・日本である。