「ネットによって初めて真実を知った」と主張する人の判断根拠に香山リカが迫る
『ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか』ほか

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol039 読書ノートより

読書ノート No.119

◆西成活裕『誤解学』新潮選書、2014年5月

誤解学』税抜価格:1200円 
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渋滞学の専門家である西成活裕氏が、誤解の構造の解明に正面から取り組んでいる。知的刺激に富んだ名著だ。西成氏は、誤解がもたらす危険を身近な事例を引いて説明する。

<誤解とは、コミュニケーションの流れにおける渋滞のようなものである。誤解はそれまでの流れの様子を一気に変化させ、関係者にとって好ましくない状態を作り出してしまう。

「西施の顰みに倣う」という言葉がある。これは『荘子』に出てくる話に由来するものであるが、昔、西施という絶世の美女がいたそうだ。ところが、彼女は心臓を患い、苦しさから眉をひそめることが多かった。しかし、その美しさに憧れる近隣の女性が、西施の表情を見て、眉をひそめるのが美女の証だと誤解してしまった。そしてその後、眉をひそめれば美しく見えるかと思って真似するようになった、という逸話である。これは何とも可愛い誤解であるが、深刻な誤解の例もたくさんある。

例えば混んでいる電車の中で、ある男性の手が見ず知らずの女性の体に偶然触れてしまったとしよう。そしてその女性が痴漢だと勘違いして声を上げたとする。後はその男性にとって想像するのも恐ろしい展開が待っていることは言うまでもない。また、何かの装置の取り扱い説明書を誤解して読んでしまった場合、誤った操作で大事故につながる可能性もある。そうなると、その装置を提供した会社や購入した人、被害にあった人をも巻き込んだ、大事件に発展してしまうだろう。さらに近年の日本は領土問題などで近隣諸国と一種の緊張状態にあるが、これもお互いの歴史認識の誤解に端を発していることは間違いない。誤解のこのような例をこれからたくさん本書で紹介していくが、本当に世の中誤解だらけなのである。>(3~4頁)

特に興味深いのは、言語によるコミュニケーションから生じる誤解をどのようにして防ぐかについての以下の指摘だ。

<実際には、言葉を補うものとして、目の動きや表情、しぐさなども活用されている。こうしたノンバーバル(非言語)なメッセージは、実はかなり重要な役割を果たしていて、言語コミュニケーションにおいて誤解を防止するのに役立っている。他にも音、匂い、触覚、その場の雰囲気などがノンバーバルなメッセージとして挙げられる。こうした言葉以外の情報と、言葉によるメッセージのすべてを加味して人はコミュニケーションにおける誤解を少なくしようとしているのだ。(以下略)

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・菊野春雄『嘘をつく記憶――目撃・自白・証言のメカニズム
 講談社メチエ、2000年
・藤原智美『暴走老人!』文春文庫、2009年
・廣松渉『廣松渉著作集 第四巻 身心問題・表情論』岩波書店、1996年

読書ノート No.120

◆香山リカ『ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか』朝日新書、2014年6月

自由な情報空間を保障するはずのインターネット空間に、何故に偏狭で、排外主義的な言説が流通するかについて、精神科医の香山リカ氏が、自らのネット右翼との対話を通じて、解明を試みている。

<「ネットde真実」という言葉を知っているだろうか。「ネット・ドゥ・真実」とフランス語読みをするのではなく、そのまま「ネットで真実」と読む。

これは、「ネットではじめて真実を知った」という意味のネットスラングである。ただし、自分のこととして「あの経験、まさに“ネットde真実”だったよ」と使うのではなく、先のような発言をしている、主に愛国主義の若者を郷撤する言葉だ。

この人たちが“真実”を知る手段は、個人のブログ、匿名で投稿する「2ちゃんねる」をはじめとする掲示板やそのまとめサイト、そしてツイッターなどのSNSがあげられる。

私も、ある雑誌の取材企画でまさに「ネットde真実」の人たち十数人と話す機会を与えられたことがあった。その人たちの多くは20代から40代の主婦や仕事を持つ女性だったのだが、みな口をそろえて「これまで新聞やテレビなどのマスコミにだまされていた」「学校で日教組の教師たちにウソを教えられてきた」と言った。

そのだましやウソのほとんどは、「第二次大戦で日本はアジアを侵略した」とか「日本の文化には大陸から来たものも多い」など戦争責任問題や中国、韓国との関係を肯定的にとらえた歴史観をめぐるものだ。

「それをだましやウソだと思うようになったきっかけは」と尋ねると、これまた判で押したように「人権問題に興味を持ったから」という回答が返ってきた。

ある人は北朝鮮の日本人投致問題で、またある人はチベット自治区や新疆ウイグル自治区に住む人たちの弾圧問題で、「北朝鮮や中国ってあまりにおかしい国なんじゃない?」と、学校で教えられてきたことやテレビが報じることに疑問を抱くようになった。そしてちょっとネットを検索してみると、とんでもない“真実”が次々、明らかになった、というのである。(以下略)>

「ネットで、隠されている真実を初めて知った」と主張する人びとの判断根拠がどこにあるかについて、香山氏は踏み込んで紹介している。

<なぜそれが“真実”だと判断できるのか、とさらに尋ねると、被女たちは「ネットの情報のみを鵜呑みにしているわけではない。本を読んだり図書館で資料にあたったりもしている。情報源はそれぞれによって違うし、いろいろある」と言った。また、具体的な人名をいくつかあげて「あの人もこの人も在日(朝鮮人、韓国人)なのです」とも言っていた。

しかし、それだけで「既成のマスコミ報道がすべてウソで、ネット情報は真実」と立証することはできないはずだ。なおそう食い下がると、「あなたは日教組の洗脳からまだ覚醒していないから、そんなことを言うのだ」と冷笑された。

そこで気づいたのは、「情報源はいろいろ」と言いながら、彼女たちが主張する“真実”がほとんど同じで、多様性があまりないということだ。(以下略)

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・ニクラス・ルーマン(大庭健/正村俊之訳)
 『信頼――社会的な複雑性の縮減メカニズム』勁草書房、1990年
・今野紀雄『図解雑学――複雑系』ナツメ社、2006年
・ユルゲン・ハーバーマス(奥山次良/渡辺祐邦/八木橋貢訳)
 『認識と関心』未来社、2001年

 佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol039(2014年6月25日配信)より