佐藤優のインテリジェンス・レポート---「イラク情勢と集団的自衛権問題」

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol039 インテリジェンス・レポートより
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【はじめに】

イラク情勢が急速に悪化しています。この問題は、シリア、サウディアラビアの複雑な事情と絡み合った、外交上の超難問です。また、このタイミングで安倍政権が憲法解釈の変更による集団的自衛権行使の容認に踏み込もうとしていることが、どのような結果を招来するかについて、よくシミュレーションをする必要があります。端的に言うと、自衛隊がイラクで戦争に従事する可能性があります。(以下略)

事実関係

6月14日、記者会見の席上、イランのロウハニ大統領は、「米国がイラクでテロ勢力に立ち向かうなら、検討することができる」と述べた。

コメント

1.―(1)
安倍政権は、第196通常国会会期中(参議院は6月21日、衆議院は同22日に終了)に、憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認に踏み切ることができなかった。公明党が、粘り腰で頑張ったからだ。

1.―(2)
公明党も連立離脱をするつもりはないから、いずれかの時点で自民党と妥協することになる。もっとも新聞報道から判断する限り、「集団的自衛権」という名前がついても、実質的には個別的自衛権の解釈を若干拡大した程度の内容になる。政策論争の観点からすると、公明党が優勢である。

1.―(3)
自民党と比較して、公明党は国際情勢の現実をよく理解している。自民党の印象論、心情論に対して、公明党は、事実と論理を重視している。例えば、6月20日、自民党が唐突に国連決議に基づく集団安全保障の際に自衛隊が武力行使をできるとの案を提出したことに対する公明党の猛反発だ。(以下略)

1.―(4)
集団的自衛権や集団安全保障をめぐる国会審議やマスメディアの報道から判断すると、国会議員や有識者の大多数が、現実に集団的自衛権を行使し、自衛隊の海外派兵が行われる可能性は、それほど高くないと認識をしている。1カ月前だったならば、日本政府が憲法解釈を変更し、集団的自衛権行使を容認しても、実際に自衛隊が出動し、戦闘を行う可能性は、現時点で想定できないという見方が成り立った。しかし、現在は事態が流動的になっている。

ISISによるモスル市の内戦のためキャンプに避難するイラクの人たち---〔PHOTO〕gettyimages

2.―(2)
6月に入って、イラクでアルカイダ系過激派「イラクとシリアのイスラーム国(ISIS)」が攻勢を強めている。これはシリア情勢と深く関係している。6月3日、シリアで大統領選挙が行われ、バッシャール・アサド大統領が再選された。もちろんこの選挙は、国際基準での自由で民主的な選挙ではなかった。従って、欧米諸国や日本は、この選挙結果を認めないが、いずれにせよ近未来にアサド政権が崩壊する可能性は低い。

シリアの反体制派にはいくつかのグループがあるが、サウディアラビアとカタールが支援する武装集団にISISをはじめとするアルカイダ系の影響が及んでいる。アルカイダは、イスラーム教スンニー派に属する。この勢力が、活動拠点をイラクに移した。

2.―(3)
イラクのマリキ政権は、イスラーム教シーア派(12イマーム派)に属する。ちなみに、12イマーム派はイランの国教だ。マリキ政権は、米国、イラン、両国の支援によって権力を維持している。

2.―(7)
イラクには、12イマーム派系の武装集団が存在する。この武装集団は、イランの支援を受けている。また、イランはこの勢力に対して、かなり影響力を行使することができる。ロウハニ大統領が、「米国がイラクでテロ勢力に立ち向かうなら、検討することができる」と述べたのは、米国と分業して、ISISを壊滅させ、マリキ政権を支援することが、イラン、米国双方の利益に適うという現実的な提案だ。この「敵の敵は味方である」という論理は、本格的な地上戦に踏み込む腹のない米国のオバマ大統領にとって魅力的だ。

2.―(8)
しかし、このような形で、米国が間接的にイランと手を結ぶことになれば、サウディアラビアの反米感情が強まる。サウディアラビアからすれば、イランのシーア派よりは、アルカイダ系武装集団の方がはるかにましだからである。サウディアラビア、カタール、アラブ首長国連邦の王族で、アルカイダに共感する者もいる。イランの核開発問題でも、米国はイランに対する姿勢を軟化させつつある。このような状況で、米国とサウディアラビアの関係が急速に悪化する可能性も排除されない。(以下略)

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol039(2014年6月25日配信)より