雑誌 企業・経営
人間には「この瞬間を残したい」「誰かに伝えたい」という強い気持ちがある。だから私たちも情熱を持ってカメラをつくっている。
シグマ 山木和人

カメラ、レンズなどのメーカーとして知られるシグマ。ものづくりの空洞化が進む中、同社は福島県に会津工場を持ってメイドインジャパンにこだわり、カメラ本体や、デジカメ内部で光を感知するイメージセンサーも自社開発するなど挑戦的な社風を持つ。父から事業を受け継ぎ、写真好きとしても知られる山木和人氏(46歳)に話を聞いた。


やまき・かずと/'68年東京都生まれ。上智大学経済学部大学院修了後、'93年にシグマへ入社。技術畑を歩み'05年に社長就任。以降、連結売上300億円超、従業員約1000名の企業を率いる。現在は交換レンズ商品ラインナップのフルリニューアルを進めるほか、DPシリーズが進化した『dp2 Quattro』発売に向けて活動する  ※シグマのwebサイトはこちら

設計者

開発から製造まで、ものづくりの現場が近くにあって反応が速いことは、「国内で内製する」強みのひとつです。工場のスタッフも高いスキルを持っているから、彼らが設計などの部門のスタッフに「製造段階でこう工夫すればこんなものがつくれるけど?」などと提案してくれるんです。その結果、思いがけないブレイクスルーが生じることもあるんですよ。

会津人

会津の人たちは、頑固とも言えるほど実直で、一度こうと決めたらどこまでもまっすぐに極めてくれます。そんな生産現場と設計担当、誰もが「(人件費が海外より高額な)日本で製造するなら、価格以上に価値がある商品をつくるべきだ」という思いを共有していることが弊社の強みです。設計担当が高い要求をしても、会津工場にいる生産現場の担当者が「とにかくやってみよう」と粘ってくれる。会津人気質がなければ、製品の出来はまったく違うと思いますね。

青春 上智大学のテニスサークル「上智硬式庭球愛好会」の仲間との写真、後列一番右が山木氏。「学生時代はサークル中心の生活でした」という

リーダー論

創業者である父から学んだことは「経営者があきらめない限り、会社は倒れない」ということ。'95年、円高が急激に進み、利益が出せなくなってしまったときです。

私は入社2年目で設計を担当していたんですが、経営企画部に移って原価の圧縮や資金の管理を担当することになった。外部要因とはいえ社内の誰もが不安に感じていたし、父自身もしんどそうでしたが、彼は「絶対にここを乗り切ろう、売れる製品をつくろう、原価も抑えよう」と言い続けた。メガバンクも、お金を貸すとき「経営者の気力」を見ると言います。この経験があるから、私は今後、多少の修羅場があっても耐えられるかな、と思っています。

ロジック

常にロジカルであるかどうかを自問しています。弊社は米国・シリコンバレーにある子会社で特別なイメージセンサーを独自開発しており、販売取引先も70以上の国・地域に展開するなど、事業のメインフィールドは海外なんです。多様な言語や習慣、バックグラウンドをもつ人たちと良い交渉や協業関係を作るためにも、誰もが理解できるシンプルでロジカルな思考と表現を心がけています。これは日本国内や社内のコミュニケーションでも基本は同じだと思っていて、相手の解釈次第で混乱しないよう、自分の責任として、とにかく明快に明快に、と肝に銘じていますね。

ファン

『SIGMA SD1』というカメラを発売したとき、当初は20万~30万円程度で発売する予定が、飛躍的な技術進化ゆえに開発コストがかさみ、約70万円になってしまった。1年後にどうにか予定していた価格帯で販売できたとき、最初に考えたのは70万円で購入されたお客様のことでした。ご納得いただけるはずがない。しかも、この方たちは弊社のファンなんです。そこで差額分の弊社製品が買えるクーポンを謹呈させていただきました。小規模なメーカーは、いつものお客様を大切にしなければ将来はない。だから弊社の接客は、地元の八百屋さんみたいなものだと思っています。

伝えきる

社長の役割とは「針路を示す」ことに尽きると思っています。自分としては優先事項は何かだけ伝えきればいいのかなと。たとえば技術者には「このレンズはとにかく最高の光学性能を」と言えばいい。弊社の技術者は根っからの写真好き、カメラ好きが多く、ひとつの製品開発にどっぷり携わりたいからと、敢えて弊社を志望してきた人もいるんですね。目的意識がはっきりしているからこそコンセプトさえ伝われば、みんな自分のやるべき仕事をまっとうしやすくなる。目的と理由をきちんと伝えきることが自分の一番の仕事だと思っています。