読書人の雑誌『本』
『たまもの』著:小池昌代---平凡
たまもの』著:小池昌代&
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子供を産んでみたら、わたしって案外「平凡」だったって思ったんです。ある日、あるとき、ある作家が言った。そのときの彼女は、平凡からもっとも遠い人だったが、自分の腕を、ちくっと針でさすような言い方をした。人生と創作とは別の話だが、全く別の話でもない。

書く人、作る人には、子供への恐怖心がある。正確には、子供を作ることに対しての。なにしろ、自分自身が子供でありたい人々だからねえ。それに現実の子供って、自分が大事に積み上げてきたものを、平気で更地にしてしまう破壊力を持ってる。

前述の作家は、産んで平凡になったのだろうか。いや、違う、ただ、気づいたのだ。そこが平凡じゃない。

このわたしなんて、自覚する前に他人が指摘してくれた。「あなたのエッセイ、どうも平凡になったような気がする・・・・・・」。女性編集者の残念そうな顔。がっかりさせちゃったなあと思ったけれど、これでゼロに戻ったのだわと思って、気持ちを立て直した。生涯、幾度もないギアチェンジの機会。出産は通過点にすぎないのだ。あれから、わたしもまた、さらにはるかな年月を歩いてきた。

このごろでは産んだことも忘れる。振り返ると、子供の詩なんてのも、殆ど書いた記憶がなく、たとえ書いても、自分は我が子を観察して書く、冷たい母親だという自覚があった。だからそればかり思い出してくださる人がいると、内心、忸怩たる思いがわく。

「おかあさんになってからは、やっぱりおかあさんとしての詩が多くなったのでは・・・・・・」。そうかしら? 自覚なし。おかあさんというのは、子供に呼ばれるのはうれしいけれど、社会的役割の名称でもあるので、他人から「おかあさん」と言われると、「おかあさん」というカテゴリーに捨てられたみたいな気がする。使う方は無自覚なのだろうが、無意識の悪意があるような気がする。

かつておかあさん詩人と言われた高田敏子さんは、どんな気持ちでいただろう。この詩人には、色っぽい、いい詩が、しっかりあるのにね。

少子化の折、とにかく、出産にまつわる事柄は、さらっと通り過ぎることができなくて、時に大きな意味を付与されがちだ。産んだ人と産まない人とのあいだにも、妙な壁があり、言葉を選ばなければならないこともある。裕福と貧乏、男と女、雇用と非雇用。線引きをすると、何か片付いたような気分になるけれど、わたしはあらゆるラインを消すようなことがしてみたい。産んでないけど母、とか。

昔、山の子供が次々生まれて、どの子も誰の子か、と問われないという詩を書いたが、あのころから、子産みについては、同じ思いを持っている。いちいち、誰の子か、人は聞くけど、知らないよ。このわたしが産んだ子だよ。で、子供のまわりにいる子供も、自分の子の延長で、区別しないで、ついでに面倒を見る、というのが、わたしの理想。でもこれは観念で、現実的には、一軒一軒、家族の囲い込みはけっこうきつい。このこわばりも、解けないか。

遊びに来た息子の友だちを、わたしはたいてい、呼び捨てにしていた。◯◯くん、なんて、丁寧な呼び方をせず、自分の子みたいに、◯◯、と呼ぶ。すると、◯◯も心を開く。他人の子でも、犬の子のようにくすぐって、他人であるこのわたしの手のあとをべたべたつける。実の親からみたら、不愉快だったろうか。

たまもの』では、出産適齢期を過ぎてしまった女が、血のつながらない男の子供を育てている。狭い血のつながりで、親子のことを書きたくはなかった。子を産んでも、子を預かっているのだという感覚を、わたしは書いておきたかったのだろうか。

子供というイキモノの、陶然とするような、皮膚のなめらかさ。内面などは、この際、二の次。皮膚と皮膚とが触れあうだけで、生きものの生命は沸き立つのだ。そしてその皮膚一枚を通して、言葉などを介在させることなく、確かに何かが行き来する。あの流れ、あの物質? 何と呼ぼう。いや、言葉なんかで呼ばなくていい。そういう思いを抱きながら、言葉を使って、わたしは『たまもの』という長い流れを書いた。

(こいけ・まさよ 作家)
講談社 読書人「本」2014年7月号より


別れた男から赤ん坊を預かった「わたし」。血のつながらない息子とのかけがえのない日々を、艶やかでなまめかしく描き出した傑作長篇

40歳になって、別れた恋人から山尾という名の赤ん坊を預かった「わたし」。以来10年余、せんべい工場の契約社員をしながら山尾を育ててきた。知人男性との逢瀬を重ねながらも、山尾に実の息子同然の愛情を注ぐ「わたし」。初老にさしかかり、母と女の狭間を生きる、シングルマザーの日常。

◆著者紹介
小池昌代(こいけ・まさよ)

1959年、東京都生まれ。津田塾大学国際関係学科卒。主な詩集に『もっとも官能的な部屋』(00年・高見順賞)、インドへの旅から生れた『コルカタ』(10年・萩原朔太郎賞)。主な小説作品に、『タタド』(07年・表題作で川端康成文学賞)『弦と響』『厩橋』など。最新のエッセイ集に『産屋』がある。