読書人の雑誌『本』
『第一次世界大戦と日本』著:井上寿一---100年前の日本
井上 寿一

なかには無名氏もいる。第一次世界大戦後、顕在化する格差拡大社会のなかで、朝鮮人は悲惨な生活を強いられていた。朝鮮人の生活状況を調査した東京府の担当者は言う。「彼等が原因となって、発生する処の数々の社会的諸問題の責任は、彼等自身の力に依りて解決を望むより、むしろ吾々と共同的努力に依って、之が解決を待たなければならない」。100年後の今、近隣諸国に対する不寛容なムードが広がっている。当時から学ぶべきことは多い。

引用したエピソードにはどれも強く感情移入している。とくに気に入っているのは、石井菊次郎と安達峰一郎の出会いである。ふたりの「国際会議屋」外交官は、大学生の頃、討論会で出会った。石井の発言に「ノン、ノン」と流暢なフランス語で反論したのが安達だった。

ふたりは外務省で机をならべて同じ仕事をするかのように、強い信頼関係を築く。外国語を自由に操り国際法に通暁する彼らが会議外交の最前線に立つ。石井は中立的な立場から、国際連盟で欧州の国境線と民族をめぐる問題の解決に力を尽くす。安達は常設国際司法裁判所の所長の地位に就く。日本は国際協調外交を展開する。彼らのような「国際会議屋」のプロフェッショナル外交は、今日の日本でも、政治家のアマチュア外交と比較して、もっと積極的に評価されてよいのではないか。

第一次世界大戦が日本にもたらしたのは何か。開戦から一〇〇年の今年、議論が活性化することを願う。

(いのうえ・としかず 学習院大学学長)
講談社 読書人「本」2014年7月号より


サラエボの銃声は日本を震撼させた。複数政党制、長期停滞、格差社会・・・・・・、現代日本が抱える課題の原点は第一次世界大戦にあった!

2014年は第一次世界大戦の開戦100年目です。その影響は第二次世界大戦以上で日本にも深く及んでいました。大戦前後の日本社会を観察すると「複数政党制への過渡期」「好景気から長期停滞へ」「大衆社会のなかの格差拡大」という、まさに今日的な課題がみえてきます。この戦争が浮かびあがらせた課題は21世紀の現在も構造としては変わっていないのです。本書は、さまざまな側面から「現代日本」の始まりを考える一冊です。

◆著者紹介
井上寿一(いのうえ・としかず)

1956年、東京都生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学院法学研究科博士課程、学習院大学法学部教授などを経て、現在、学習院大学学長。法学博士。専攻は日本政治外交史。主な著書に、『危機のなかの協調外交――日中戦争に至る対外政策の形成と展開』(山川出版社、吉田茂賞)、『日中戦争下の日本』『戦前昭和の国家構想』(講談社選書メチエ)、『吉田茂と昭和史』『戦前昭和の社会 1926-1945』(講談社現代新書)、『戦前日本の「グローバリズム」』(新潮選書)、『昭和史の逆説』(新潮新書)、『山県有朋と明治国家』(NHKブックス)、『政友会と民政党』(中公新書)、『理想だらけの戦時下日本』(ちくま新書)などがある。