小熊英二【第4回】「自分が死んだら世界が終わると思えるほど、自分を見つめていないし重きを置いていない」
探究し、社会に適合させる「学者」という仕事

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慎: 今までいろいろな学者であったり思想家であったりするような人物の人生や全集等の史料をいろいろ読まれてきたと思いますが、影響を受けた学者や、尊敬する人物はいますか。

小熊: それはいない……と思う(笑)。基本的に、私は人間なんてみんなドングリの背比べだと思う。何かちょっとできますとか、才能がありますとか言ったところで、そんなのは100か105か110かくらいの違いのものだろう、1000とか10000とか100000じゃないだろう、どうせみんな不完全なんだから、と思うほうだから。自分も含めて、そんなスーパー人間みたいなものがいるわけがない。自分もそうだけれども、人より優れているところがあるくらいのことはあるだろうとは思いますが、「だからどうした」とも思う。

それから、私はあんまり人間を「個人」として見ないんです。「行為の集合体」だとしか思っていないところがある。たとえば、「1968年8月のあの人の行為は凄かった」とかいうことがあっても、じゃあその人がずっと凄いかというと、それは全然別の話でしょう。

またそれは、1968年8月の東京で、その人である必然性があったのかと言えば、そのときのその瞬間において彼に天命が下ったという、それだけのことだと思う。たぶん、その10年後だったら、別の人に天命が下るだろう。そういう行為に触れたり、それを発掘して見つけるのは好きだけれども、その人をずっと追いかけることにはそんなに興味がない。

慎: ご自身のものの書き方や調べ方についても、影響を与えたような人というのは基本的におらず、全部いろいろな人からそれぞれ少しずつ影響を受けているということでしょうか。

小熊: そうだと思います。誰からも影響を受けないということは、あり得ないと思う。だから、同時代にいろいろなものを読んだり見たりしていたものから、いろいろな形で影響を受けたのでしょう。ただ、そのすべての影響の結果として出てきたものを、特定の誰かから影響を受けたというストーリーでは考えてはいないということです。結果として、自分がやったことが誰かに似ているというのはあるかもしれないですが、それは結果としてそういうことはあるでしょう、という以上のものではないですね。

昭和から平成を生きた父からの聴き取りをしたい

慎: 最後に二つだけ質問させてください。厚めの本とかを書こうとすると、前段階の研究から考えるとけっこうな時間もかかり、書けるテーマも限られてくると思うのですが、これから現役の10年、20年、30年の間にこれだけはやってみたいというテーマとしてはどのようなものがあるのでしょうか。

小熊: 今考えているのは、戦後社会というものがどういうふうにで出来上がったのか、というテーマですね。それは、今「戦後社会」としてイメージされるもの一般のことです。そのなかには、平和主義みたいに比較的早期にできたものと、いわゆる日本型雇用制度だのといったもう少しあとにできたものの両方を含みます。

そういうものがどういうふうにで出来上がってきて、どういうふうに機能不全になっていったかというのは、トータルにちゃんと研究してみようと思っています。ただそれは、『<民主>と<愛国>』みたいな、人物に焦点を当てた記述にはならないと思いますよ。

それとは別に、当面今すぐやらなければいけないと思っているのは、自分の父からの聴き取りです。去年100時間くらいしっかり聞いたんですが、なかなか面白いんです。シベリア抑留時のこともよく覚えているんですが、戦前の商店街の暮らしとか、戦後に頻繁に職を変えたときにどんな職にどうやって就いたとか、そういう話も面白い。

父は1925年生まれだから今年で90歳になるんだけど、彼の生涯で昭和から平成までがスッポリ入ってしまう。生きた20世紀の歴史ですね。自分のほうも、これまでいろいろ研究してきて聞く能力が上がっているから、「このときの公営住宅政策が影響しているんだろう」とか、そういうこともわかるようになっている。そういう知識を、父の話と照らし合わせて考えてみると、これはかなりいろいろ書けそうだと思っています。

これはある意味、究極の人物重点型の記述になりますね。来年までには書き上げます。そういういろいろな仕事をやりながら、戦後史のトータルな研究の予備作業にもしていこうと思っています。それは、今の日本に必要な仕事ですから。

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