小熊英二【第3回】「自分の内側から出てくるものには興味がないから、社会と関わる」

探究し、社会に適合させる「学者」という仕事

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慎: 別の質問ですが、本を書いているときはどういう感じの生活リズムになるのでしょうか。

小熊: きわめて単調ですよ。朝7時くらいに起きて、朝ご飯を食べて掃除したりして、妻と娘を送り出して、8時半とか9時から書き始めて、ラジオの英語講座を聞きながら昼ご飯を食べて、夕方まで書いて、晩ご飯を作って、食べたあとは場合によってはそのあとも書いて、12時前くらいに寝て7時くらいに起きる。そのくり返しです。修道院の生活みたいですね(笑)。講義がある日は講義に行くし、人に会ったりする約束がある日はそうしますが。

慎: 慶應大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に講義に行かれる日以外は、平日も土日も関係なく同じ生活リズムが続くということでしょうか。

小熊: 昔はそうでした。でも、それをやっていると家族関係にもよろしくないので、土日は切り替えるようにしています。別に「家族サービス」をしているとかいう感じではなくて、それはそれで楽しんでいますけれどね。

慎: そうやって家族との時間を過ごすことは研究にとっても良いことだと思われますか? 質問の角度を変えると、ご自身のお仕事にとって切り替えるタイミングを持つということは大切なことだと考えていらっしゃいますか。

小熊: 結果として良いんじゃないですか。そこは比較検証したことがないから何とも言えない。けれども、たとえば出版業界は400字詰めの原稿用紙で字数を数える習慣ですが、100枚くらいの小説を徹夜の連続で生活を顧みずに書くというのも、それはまあ可能だと思います。けれども、私が過去に書いたような、資料が満載で2500枚とか6000枚とかの本は、絶対にそれはできないですよ。だから、生活リズムとしては、ちゃんと三食食べて、夜はちゃんと寝るという形にしますね。ああいう本を書く作業は、マラソンみたいなものですからね。

その過程のなかでは、土日に生活を切り替えるのが体調や心身にどのくらい好影響があるのか、もしくは土日もその生活を続けても効率が上がるだけで私自身にとっては支障がないのか、それはわからないです。でもやっぱり、研究や執筆によって、社会生活とか家族生活とかがおかしくなったら、それは最終的に自分に跳ね返ってくるでしょう。それは生身の人間である以上、そうならないほうがいいんじゃないですか、としか言えない(笑)。

それから、研究以外の生活から学ぶことは多いですよ。学校や家庭や地域からいろいろなことがわかったり、人間関係から「現象学的還元」の意味が理解できたりとか(笑)。

書くよりも、削って直す作業に時間をかける

慎: 原稿は、一日何ページくらい書かれていますか?

小熊: 本を書くときですか? ケースバイケースですが、草稿みたいなものを書くときは、大体一日に10000字とか15000字とかくらいです。400字で20枚とか30枚くらいですね。

ただ、それは草稿であることが多いので、大部分の場合は、そこから削ったり直したりする作業のほうが長い。いわゆる分厚い本を書く場合は、整理して半分くらいに減らすことのほうが作業の大部分でした。そのままじゃ人が読めないという分量だったから、一生懸命削りましたよ。そのほか、何回も何回も見直して、事実関係を全部確認して、みたいな校正作業があります。

だから、バーッと書いていく作業は、全体の三割くらいでしょう。それよりも、書いたものを見直したり構成したりする作業の割合のほうが、ずっと大きい。

慎: もう一つ質問ですが、実際に読まれている文献に対して、本のなかで参照したり言及されるものの割合は何%くらいなのでしょうか。

小熊: たくさん資料を読んで、読んだものはみんな傍線を引きまくってあります。そうやって線を引いた箇所のなかから何%くらい使うかというと、それはもちろん0.1%もいかないでしょう。

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