25歳無職、引きこもり気質の僕が、11年前にアフリカビジネスを始めた理由

2014年06月13日(金) 金城 拓真
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しかし、実際にはその予想は大きく外れ、食生活から文化まで韓国と日本はまったく違う国でした。近いようで遠かった。そこで僕は、今振り返ってもアフリカでビジネスを始めたときよりも高い壁にぶつかります。海外も自炊も何もかも初めてだったので、1回の買い出しで何をどれくらい買えばいいのか、お店までの移動手段をどう確保すればいいのか、各種契約はどうすれば……と生活ひとつとっても、ちょっとしたことがすべて僕にとってハードルでした。今じゃ当たり前にできていることも、当時はできなくて大変だったんです。

そんなこんなで、最初のビジネスは韓国で始めました。学生時代、学費と生活費を稼ぐために韓国で起業したのです。今はどうか知りませんが、当時は韓国のバイト代ってびっくりするくらい少なかったんで、その手立てが起業しかなかったんです。

始めたきっかけは、友達に誘われたからという単純な理由です。仲のいいアンゴラの友達と食事をしていたら、アフリカでの中古車販売のビジネスが熱いという話を聞いて、市場調査も何も行わず、当時の全財産25万円をオールイン。僕の情報源はその友達の一言のみ。我ながら、あの時よくそんな大ばくちを打ったもんだと感心しています。逆に言うと高度な知識を当時の僕が持っていたら決して渡れない橋だったかもしれません。

なんと言っても、当時のビジネス拠点のアンゴラという国は内戦直後。国としての体裁が整っていないところに全財産をつぎ込むなんて、ビジネスというよりギャンブルの要素が強かったと思います。それを差し引いて、国としての体裁が整っていない=ビジネスをしようと思う人間が少ないという風に考え方を転換すると、競合の少ないマーケットで勝負をしたというのが僕の唯一評価に値する点でしょうか。まさに大学を当時あまり注目されてなかった韓国で見つけた時と同じノリです。

バイクタクシーのドライバーたちと

気付いたらアフリカ9ヵ国50社経営、年商300億円に

それから大学卒業と同時に帰国して、1年くらいニートだったのですが、日本で仕事がないので、またアフリカでのビジネスを再開させます。そこから紆余曲折を経て、現在アフリカ9ヵ国に色々な会社を作って、気付いたら年商は300億円になり、何とか今まで生き延びて(アフリカでは何度か命の危険にもさらされていますが)ビジネスを継続中です。

アフリカというか、新興国の特徴なのかもしれませんが、一つビジネスを立ち上げると、そこからビジネスがどんどん展開していくことができるんですよね。僕は中古車の輸出から始まったのですが、現地で中古車の販売をしているとデッドストックが出てきてしまう。そのデッドストックを利用してタクシー会社を設立してしまうなんてのは、まさに新興国的なビジネスだと思います。僕のビジネスはこういった形で展開されているんで、それぞれがそれぞれに絡み合っているんですよね。

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