チューリング・テストに合格したAI(人工知能)が登場した、とは本当か?

2014年06月12日(木) 小林 雅一
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また今回、Veselov氏と共同でEugeneを開発したコンピュータ科学者自身が、本来の意味でのチューリング・テストに合格したわけではないことを謙虚に認めている。彼は次のように述べている。

「今回、我々はある意味のチューリング・テストには合格したと思うが、それがアラン・チューリングが本来意図したチューリング・テストであったかどうかは正直、私には分からない(I think we passed‘a’Turing test, but I don't know if it's‘the’Turing test.)」

この発言の背景には、以下のような歴史的経緯がある。

意味を理解せずとも会話は成立する?

ローブナー賞の名前を冠してチューリング・テストが実施されて以来、この競技に参加してきたコンピュータ・プログラムは基本的に「チャットボット(お喋りロボット)」と呼ばれるものだった。これは会話の言葉尻をとらえて、それに条件反射的に応えるようなプログラムだ。

1960年代に米MITで開発された心理療法用のプログラム「Eliza」などが、チャットボットの先駆けと見られている。Elizaは神経症の患者等と、次のような会話を交わしたとされる(やはり声ではなく、タイプ入力による会話だ)。

患者: 男なんて皆同じよ。
Eliza: どう同じなの?
患者: 何かにつけて、私たちを困らせるの。
Eliza: 具体的な例をあげて。
患者: 私の彼は、私をここ(療養施設)に入れたわ。
Eliza: 貴方の彼は、貴方をここに入れたのね。
患者: 彼は、私がいつも落ち込んでる、って言うの。
Eliza: 貴方がいつも落ち込んでる、と聞いて同情します。

このやり取りから容易に推測できるように、Elizaは相手(患者)の言った言葉に疑問詞をつけて返したり、どんな状況でも使えるリクエストを返したり、最悪、それもできないときは、単に相手の言ったことをオウム返ししているに過ぎない。これは「テンプレート・マッチング」と呼ばれ、意味を理解しなくても会話を成立させるための手法だ。もちろん「AI(人工知能)」の定義にもよるが、大抵のAI研究者は「この程度のものはAIとは呼べない」としている。

手段が目的と化してしまったことの問題点

ローブナー賞のチューリング・テストに参加してきた歴代チャットボットは、Elizaよりは多少進化したものの、本質的には同じものと見られている。これらのプログラムを開発してきたプログラマーたちは、本物のAIを実現しようと努力するのではなく、チューリング・テストという競技に参加して勝つために努力してきた。そこではAIの王道である「自然言語処理」の技術を高めるより、チャットボットのテンプレート・マッチングに磨きをかける方が手っ取り早く効果を上げることができた。

これはチューリングの意図に反する。彼は、「もしも人間に匹敵するAIが実現されたとすれば、それは人間と自然に会話できるはずだ」と考えた。つまり本物のAIを開発することが本来の目的であって、チューリング・テストはそれを証明するための手段に過ぎなかった。ところがローブナー賞におけるチューリング・テストは一種の競技になった結果、それに参加して勝つ、つまり審査員を欺くこと自体が目的になってしまった。つまり単なる手段に過ぎなかったものが、いつの間にか目的へと、すり替わってしまったのだ。

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