「89は舞う雪のよう」---共感覚をもつ著者の内面世界を表情豊かに描き出す。小川洋子さん絶賛の感動の手記がついに文庫化 『ぼくには数字が風景に見える』

「自分を知り積極的に生きる道を選んだ彼の勇気とひたむきさ」

著:ダニエル・タメット 訳:古屋美登里
価格:730円(税抜)

数字と外国語の天才が「頭の中」を語った。2万桁以上の円周率暗唱記録を持ち、6ヵ国語を話す高機能自閉症の英国の青年が、半生をたどりながら、自分の内面世界を表現豊かに描き出す感動の記録。

【訳者あとがき】
本書の著者ダニエル・タメットは、アスペルガー症候群とサヴァン症候群で、しかも数字の羅列が美しい風景に見えるという不思議な共感覚を持っています。さらに、πの小数点以下22,000桁以上を暗記して、ギネスブックにも載った驚異の記憶力の持ち主でもあり、言語感覚にも秀で、十言語を自在に操ります。

2005年には、イギリスのドキュメンタリー番組とアメリカの有名なトークショーに出演しました。前者のドキュメンタリー「ブレインマン」は日本でもその年にNHK教育テレビで放送され、彼の優しく穏やかな人柄もあって一躍脚光を浴びました。

本書は、そんな彼が自分の誕生から現在までを、その記憶力を生かしてきわめて克明に綴った回想録です。2006年にイギリスで出版されるや、多くの人々に感銘を与え、2007年1月にアメリカで出版されるとすぐに「ニューヨークタイムズ」のベストセラーリストの2位(ノンフィクション部門)になり、アマゾンUSAでは1位になりました。自閉症やアスペルガー症候群の子どもをもつ世界中の母親たちから、子育ての大きな励みになったという感想が彼のサイトに寄せられています。

こうして書くと、ひとりの天才の類いまれな生きかたを綴ったものだと思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。本書を読めば、彼が九人兄弟のいちばん上として生まれ、幼い頃にてんかんをわずらい、孤独と苦痛の中でどのように世界を見ていたかがわかります。その世界は不思議な色合いに満ちています。

本書のもっとも優れた点は、これまであまり表現されなかったアスペルガー症候群の人たちの内面や、共感覚において視覚化がどのようになされるのかを克明に書いていること、さらに、自らの生い立ちと考えを、虚飾を一切排して率直に追っていることです。

タメット君は少年期に「人とは違う」ために同級生にいじめられ、辛い思いをしながらも友だちを求め、次第に外の世界へと関心を広げ、たったひとりで海外に出ていきました。世界中の多くの人々に感動と共感を与えたのは、自分を知り積極的に生きる道を選んだ彼の勇気とひたむきさだったのだと思います。映画『レインマン』のモデルとなったキム・ピークに会う場面では思わず胸が熱くなりました。

翻訳するうえでは、タメット君の独特の表現を日本語に生かすことに苦心しました。視覚をともなう共感覚を言葉として表すことも難しいことでした。タメット君は、時系列にそって自分の半生を淡々と振り返り、あえて強調したくなるような出来事や心情も、普段と変わらない口調で平明に書き綴っています。要するに、「たくらみ」のまったくない、とても素直な文章で、彼の人柄がそのまま表れています。その一歩一歩踏みしめて歩いているような文体の良さを伝えることができていればうれしいのですが。

2007年5月5日
古屋美登里