官々愕々 電力会社の「歪んだ競争」
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新聞各紙に「東電:10月から全国で電力販売」「乱戦 電力小売り」など、電力自由化に関する派手な見出しが躍っている。しかし、そこにはいくつもの疑問がある。

確かに、今国会で審議されている電気事業法改正案の柱は「2016年からの消費者向け電力販売自由化」。自由化されれば競争になり、料金は下がるかもしれない。

しかし、小売り以外の大口需要家向けの電力販売はとっくの昔に自由化されているのに、大手電力会社間での競争はまったく生じなかった。原発依存度が異常に高かった関西電力は、原発停止で供給力に不安が生じ、さらに電力料金も値上げした。本来なら供給力に余裕のある北陸電力などが、関電管内で事業者向けに電力販売の営業攻勢をかけそうだが、そうはならない。「自由化=競争」とは限らないのである。

今回は、関電や中部電が東電管内で発電や小売りに参入するとか、東電も全国で小売りを始めると報じられるが、そこにも疑問がある。東電以外の大手電力会社と東電との間の競争は起きるのに、東電以外の電力会社の間、例えば、関電と北陸電の競争は起きない。

さらに、東電は、福島第一原発の事故処理を自分ではできず、国民の税金が投入されている。それなのに、どうして発電所を作ったり、他の地域に出て行く余裕があるのだろうか。

これらの疑問に答えるカギが、「電気事業連合会」と「経済産業省」の微妙な癒着にある。電事連は、大手電力会社が集まって自分たちの利権を守ろうとする団体である。先進国ではありえない独占企業の連合体だが、任意団体なので経理内容や会議内容は秘密だ。

しかし、ヒントはいくつかある。国会事故調査委員会報告書の510ページ以降を読むと、福島事故以前に電事連が談合して、耐震設計審査指針を骨抜きにしようとしていたと書いてある。また、日経新聞によれば、原子力規制委員会が、各電力会社に対して個別の原発ごとに地震想定を大幅に引き上げるよう指示したのに、電力会社は「談合」して見直しに応じないという態度を続けていたという。つまり、電事連の談合組織としての機能は今日も続いているということになる。

実は、最近、大手電力が東電抜きの会議を頻繁に開いているという。何故だろうか。

東電は国の出資を受けて経産省の子会社となり、役員に経産省の役人もいる。電事連の会議で談合の打ち合わせをやったら、東電から経産省に筒抜けになる。そこで、危ない話をするときは東電を外さざるを得ない。電事連は事実上東電抜きの談合組織になったのだ。

そう考えれば今起きていることは非常にわかりやすい。東電は、他の電力会社にとってはもはや仲間ではない。そこで、中部電や関電は東電管内で競争を仕掛ける。一方、経産省は、自分の子会社である東電に税金を投入し、他の電力管内でもビジネスを拡大しようとする。

もちろんこの構図では、東電以外の電力会社間の競争は進まない。経産省は他の電力会社に天下りを送っているから、東電の営業攻勢もほどほどのものとなるだろう。

東電以外の大手電力は、談合で事実上地域独占を温存して利益を確保し、余裕をもって競争できる。東電は何兆円もの税金を投入してもらって経産省と二人三脚で暴れる。これでは大手電力と競争する新電力は大きな勢力になりえない。

消費者が、安くてサービスのよい電力会社を自由に選べる時代が本当に来るのか。そのためには、電事連解体と経産省から規制権限を剥奪できるかどうかがカギとなりそうだ。

『週刊現代』2014年6月21日号より

原発の倫理学(税別価格:1400円)
話題作『原発ホワイトアウト』著者・若杉冽氏推薦! 「霞が関には古賀さんを隠れキリシタンのように慕っている官僚たちがいる。原発の裏も表も全部わかる必読書」

原発は「倫理的」に許されないエネルギーだという議論をすると、それは「感情的」あるいは「主観的」な議論であるというレッテル張りをされる傾向があります。経済論や技術論は受け入れられても倫理論は受け入れられないのが現状だと言ってよいでしょう。しかし、倫理の問題は、経済や技術の分野でも非常に重要な問題です。二人の元総理(小泉氏と細川氏)が期せずして脱原発を「人の生き方の問題」「倫理の問題」として語り始めたことは、極めて重要な意味があります。私が小泉氏や細川氏に期待するのは、大きな哲学、「脱原発の倫理観」を国民に提示し、国民的大議論を巻き起こすことです。議論の末、国民の大多数が新しい日本の生き方、「脱原発と再生可能エネルギーで、自然とともに生きる国日本」を目指すという共通の目標に到達すれば、その時初めて、脱原発が可能になるのだと思います。――<「はじめに」より抜粋>

※本書は2013年5月に先行発売した電子書籍『原発の倫理学 古賀茂明の論考』の内容を大幅にアップデートした上で再編集したものです。